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眠りゆく王 2

その途端、彼の周りの風景は一変した。闇の世界から花畑の広がる大地へ。
彼はそこがエリュシオンである事に気がつく。
そして目の前には一人の青年が立っていた。
(あれっ??)
瞬は青年がハーデスだと判断したのだが、自分たちが闘った相手とは姿が違っているのである。
そしてその姿に似た人を、瞬は知っていた。
(パンドラに似ている……)
黒い服装の青年は、彼の困惑を読み取ったらしい。瞬から視線を逸らした。
『この身体は、余が一度捨てたものだ』
「えっ?」
『ハインシュタイン家に生まれる時、この器を戴いたが、今までエリュシオンの地下深くに封じていた。
アテナが余の肉体をボロボロにしなければ、そのままになる筈だった』
そう説明されて、瞬はようやく納得がいった。
「それじゃ、その人もハーデスの依代なんだ」
その時、彼の横を刃のような風が通り抜けた。髪の毛が何本か切れる。
『余はお前に呼び捨てにされるのは好まぬ。冥王と呼ばねば、今度は首を切るぞ』
この反論に、瞬は頷く。
言葉遣いが原因の戦闘なんてやりたくないので、それで済むのならと思ったのである。
「今のは失言だった。謝るよ、冥王」
『ならば、良い』
ハーデスは再び遠くの方を見つめた。
『この身体は、依代ではない。 アテナと同じようにこの地上へやって来た時、母なる女神から戴いたものだ』
「戴いたって……」
瞬には何処がどう違うのかが判らない。
『依代は神がその身体を借りる時に選んだ人間の事。好き勝手に利用できる。
だが、この身体は神が地上で生きる為に贈られた物だ』
ハーデスの表情には、明らかに困惑の色が見えた。
こんなにも人間的な冥界の王の様子に、瞬は驚きを隠せない。
「その割には随分、酷い扱いだね」
彼は聖戦の時は非常に関わりが深かった割に、こうやって会話をするということは無かった。
ハーデスの一方的な選択で発生した繋がりが、思わぬ所で意味を持ち始めている。
『押しつけられた贈り物など、嫌がらせと変わらない』
ハーデスはあっさりと答える。
「でも、身体があったのなら、僕を依代にする必要は無いじゃないか!」
瞬の怒りは尤もである。
しかし、ハーデスは意に介さない。
『この身体は所詮、脆弱な器だと思っていた。 だが、大事と思っていた肉体を失った今、憑き物が落ちた』
「憑き物?」
『あの肉体は神代の頃の姉上に似ていた。だから大事だった』
この時、瞬の脳裏には
(ハーデスはシスコンだ……)
という言葉が過ったが、迂闊な対応をすると怒らせる事は必至なので沈黙を守った。