紫龍は自分が五老峰にいる事に気がついた。 (いつの間に戻ってきたんだ?) 彼は自分の記憶を頼りに、五老峰の家を目指す。
しかし、行けども行けども春麗のいるはずの家に辿り着けない。 (春麗!) 彼女に会いたかった。声が聞きたかった。 だが、ある疑問が浮かび上がった。
(彼女ハ無事ナノカ? 戦イニ巻キ込マレタノデハナイノカ?) その瞬間、彼は動けなくなる。 (彼女は無事なはずだ。落ち着くんだ……)
必死に自分の心を静めようとする。 しかし、疑惑という名の暗雲は彼をしっかりと捕らえていた。 (何故、ソウ断言出来ルノダ?) 自分自身の心が不安をかき立てる。
今回の戦いでは老師も五老峰を去って、聖域へと赴いた。 もしかすると、今まで老師の存在が春麗を守っていたのかもしれない。 (敵ハ聖闘士ヲ倒ス為ナラ、ドンナ事デモスル筈ダ)
この世の邪悪と闘う聖闘士となった自分が、邪悪とは何であるかを何処まで理解していたのだろうか。 今、彼女の側には老師も自分もいない。 たった一人で待っている彼女は、どんなに心細かっただろうか。
しかも、そこに敵が自分たちを探しに来たら、春麗は無事では済むまい。 (まさか……) 最悪の場面が脳裏を過る。 そして彼は、その状態が発生しても奇怪しくない事に納得してしまった。
(そんな事はない。彼女は無事だ!) 破滅的な考えを払拭しようと彼は叫んだが、そう簡単に消えるものではない。 最も大切な少女の命で、悪の本質を理解していなかった代償を払ってしまったのではないのか。
(彼女は……) その時、自分の前にあった道が寸断されて、その先が消え去った。 音は何一つなく、揺れもなく、いきなりである。 そして、道の消えた空間に朧げに少女の姿が現れる。
「春麗!」 彼女は青白い顔をして目をつぶっていた。 そして誰のか判らない男の手が、彼女の首に手をかけている。 「やめろ!」
しかし、紫龍は動く事が出来ない。 「春麗に触るな」 そして彼の目の前で、春麗はその場に倒れる。 (!) 紫龍は彼女の名を叫んで、無理矢理手を伸ばした。
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