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彼らの事情 1

聖域の海岸では、ジュリアンとソレントが海を見つめていた。
一応、聖域の重要な場所である十二宮に近付かなければ、それ以外の行動は制限されていない。
二人は散歩がてらという事で、ここに来たのである。
「ここは不思議なところだね」
ジュリアンは好奇心の赴くまま周囲を見ていた。
「そうですね」
ソレントは当たり障りのない相槌をうつ。
「妖精の輪に入っていたなんて、子供たちにまた面白い話を聞かせてあげられますね」
非常に前向きな発言だったので、ソレントは思わず笑ってしまった。
「ジュリアン様はよほど、その教会がお気に入りの様ですね」
するとジュリアンはビックリした様にソレントの事を見た。
(……様はよほど、……がお気に入りの様ですね……)
彼の脳裏に知らない男の声が響いたのである。
「どうかしましたか?」
ジュリアンはじっとソレントの事を見ている。
「セイレーン。やはり罪は償わなくてはいけないようだな……」
いきなり海将軍の名で呼ばれて、ソレントはその場で片膝をついて礼を行う。
(まさか、ポセイドン様が降臨されたのか!)
しかし、次の瞬間ジュリアンはソレントの前にしゃがみ込んだ。
「ソレント。何か落としたのですか? いつの間にかコンタクトレンズをつけていたのですか?」
そして彼は砂に手を触れる。
「はい??」
ジュリアンの行動のちぐはぐさに、ソレントは戸惑う。
「ジュリアン様?」
「コンタクトレンズを落としたのなら、早く見つけないと大変ですよ。もうすぐ夜が来ます」
確かに太陽はもうすぐ大地に沈もうとしている。
「ジュリアン様、別に何も落としていませんから大丈夫です。
それより先程私の事をセイレーンと呼びませんでしたか?」
彼は急いでジュリアンを立ち上がらせる。
「あれは、思いついた言葉です。 何かの劇の一場面の様な気がするのですが、思い出せないので口に出してみました。
ソレントは何の劇なのか判りますか?」
海将軍が出てくる劇など聞いた事が無い。 彼は首を横に振った。
「セイレーンというのは、上半身が女性で下半身が鳥という歌の上手い海の魔物の名前ですね」
ソレントは内心ドキドキしながら、魔物の解説をする
「では、オデュッセイアの物語を思い出したのかもしれません」
ジュリアンは納得したらしかったが、どう考えても魔物に懺悔をする場面というのは変。
しかし、この問題にこれ以上触れてほしくないソレントとしては、同意して素早く話題を変える事の方が重要だった。
「ジュリアン様、もうそろそろ宿の方へ戻りましょう」
暗くなってきたのを幸いに、話を終わらせたのだった。
「そうですね。きっと女将たちが心配していますね」
彼らが迷い込んだ旅人ならば、聖域の町で暮らしている引退した巫女の一人は急遽宿屋の女将になっていた。
(何処まで嘘が突き通せるか)
ソレントは小さく溜息をついた。
(試練の方は大丈夫だろうか……)
東の空には星が輝いていた。