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堕ちる光 1

太陽は南天に位置し、これからは西へと傾きはじめる。
「とにかく、関係する神殿をしらみ潰しに探すぞ」
エリスの言葉に二人は驚いた。
「知っているんじゃなかったの?」
「知っているから、言うんだ。 女神たちの使うルートでは、パンドラは二度とこの地上に戻れなくなる。
無論、この依代の身体は消滅する。 そして私とアテナは試練終了後、天上界へ強制帰還だ。
最初からその方法にするか?」
エリスの説明は肉体を失う事を意味している。
沙織もパンドラも首を横に振った。
「パンドラや絵梨衣さんを犠牲するなんて、絶対にイヤよ」
沙織はエリスの事を睨み付けた。
「私にはまだやる事がある」
パンドラは腰のホルダーに納められている短剣に手を伸ばす。
「だから、今ここで死ぬわけにはいかない」
エリスは二人の決意に満足そうな笑みを浮かべた。
沙織はその時、エリスのその微笑みを、何処かで見た事があるような気がした。
「ならば、これから大小さまざまな神殿をめぐって、エウリュディケーが待っているであろう門を見つけるしかあるまい。
だいたい神殿というのは、人の世界と神の世界を繋ぐ門の役目を担うからな」
「大小さまざまと言うと、どれくらいあるのだ?」
パンドラは思わす尋ねる。
するとエリスは、
「数を言うと、やる気が起きなくなるくらいだ」
と、事も無げに答えた。

しかし目的の場所を探すのに、ただ神殿へ入れば良いと言うものではなかった。
エリスはまるで礼儀作法の先生のように、沙織とパンドラに様々な作法を行う事を強要したのである。
「ここは、花を捧げるのだ」
そう言って彼女は即席の生徒二人に一輪づつ花を持たせる。
「エリス、何故このような事をするのだ?」
パンドラは意外な展開に首を傾げた。
「神には神のやり方があるように、女神には女神のやり方がある」
彼女はあまり適切とは言えない返事をすると、祭壇に花を置いてそのまま踵を返した。
「次へ行くぞ」
二人は同じように花を置く。
その時パンドラは、祈る様に手を合わせた。
「パンドラ?」
沙織はエリスを追いかけようとして、パンドラの方を見る。
「すまない。今、行く」
彼女はふと、幼いころに花を摘んだ時の仕種を思い出したのである。
(あぁ、そうだ。こうやって私は弟が無事に生まれる事を、神に祈っていたんだ)
一番綺麗な花を神様に捧げて、生まれてくる弟と仲よくしたいと願った日の事を彼女は思い出した。
(姉として恥じない行動をするぞ。ハーデス……)
パンドラは神殿の出入り口へと歩きだす。
彼女の背後で、神に捧げられた花が光に包まれて姿を消した。

そして太陽は、刻一刻と西の大地へと近づく……。