彼女はちょっと困ったような表情で、春麗と貴鬼の事を見ていた。 春麗は涙を拭きながら急いで立ち上がると、彼女の許に駆け寄る。瞬によく似た少女は、可愛らしく小首を傾げる。
「起きて大丈夫ですか?」 エウリュディケーからの大切な預かりものである。春麗は心配になった。 「大丈夫です。 貴女は天使様ですね」
彼女の言葉に、春麗と貴鬼はお互いに顔を見合わせた。 金の髪の少女は辺りの様子を、興味深げに見回した。 「こんなにも綺麗な風景を見たのは初めてです。
ここは天国でしょ?」 「違います」 少女の問いかけを、春麗は慌てて訂正した。 「ここは中国の五老峰です」 「チュウゴクのゴロウホウ?」
少女には地名がよく分からないらしい。 「春麗。家に戻って精霊さんに状況を説明したほうが良いよ」 「そうね」 今は自分の事よりも、エウリュディケーの依頼の方がずっと重要だと判断した彼女は、少女の手を取った。
「精霊さん。家に一緒に戻りましょう」 すると少女は首を傾げた。 「あの……、私は精霊なのですか?」 少女の言葉に二人は驚く。
「精霊ではないのですか?」 春麗に尋ねられて、彼女は困ったような表情をする。 「私の名はエスメラルダと言います。でも、それ以外の事が思い出せないのです。
あの……私はどうしてここに居るのでしょうか?」 その理由は春麗や貴鬼にだって判らない。 「……エウリュディケーという精霊さんから預かって欲しいと頼まれたのですが、その方の事も思い出せませんか?」
エスメラルダはしばらく考えた後、首を縦に振った。 とにかく二人はめいめいに自己紹介して、天使ではない事は彼女に伝える。 春麗は、はっとした。
「もしかしたら、もう一人の精霊さんも起きたかしら……」 「オイラ、家に戻ってみるよ」 貴鬼は慌てて庵へと戻る。 「エスメラルダさんも戻りましょう」
しかし、彼女は夕暮れの森を興味深げに見ていた。
貴鬼が戻ってみると、テティスはまだ眠っていた。 彼は一応ほっとする。 (この人、起きてオイラを見たら、驚くだろうなぁ)
いきなり敵意を剥き出しにされても仕方ないと思うが、此処には春麗とエスメラルダがいる。 自分の対応次第では、二人の身が危険にさらされるかもしれない。
貴鬼はしばらく考え込んだが、結局良い案が思い浮かばない。 そこへ春麗がやって来た。 「貴鬼ちゃん。精霊さん、起きた?」 「まだ眠っているよ」
すると春麗の背後からエスメラルダが顔を覗かせた。 「その方ですか?私と一緒だったという精霊さんは……」 彼女はテティスの様子をその場から見る。
「エスメラルダさん。近づいた方が顔がよく分かると思いますが……」 春麗は首を傾げたが、エスメラルダはテティスに近づこうとはしなかった。 「どうしたの?」
貴鬼が彼女の手を取る。 しかし、彼女はその場から動こうとしない。 「いえ……。よく分からないのですが、何だか怖いんです」 泣きそうな顔をしたので、貴鬼は慌ててその手を離した。
春麗はテティスの顔を見たが、彼女には何の反応も出ない。 |