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届かぬ想い 5

彼女はちょっと困ったような表情で、春麗と貴鬼の事を見ていた。
春麗は涙を拭きながら急いで立ち上がると、彼女の許に駆け寄る。瞬によく似た少女は、可愛らしく小首を傾げる。
「起きて大丈夫ですか?」
エウリュディケーからの大切な預かりものである。春麗は心配になった。
「大丈夫です。 貴女は天使様ですね」
彼女の言葉に、春麗と貴鬼はお互いに顔を見合わせた。
金の髪の少女は辺りの様子を、興味深げに見回した。
「こんなにも綺麗な風景を見たのは初めてです。 ここは天国でしょ?」
「違います」
少女の問いかけを、春麗は慌てて訂正した。
「ここは中国の五老峰です」
「チュウゴクのゴロウホウ?」
少女には地名がよく分からないらしい。
「春麗。家に戻って精霊さんに状況を説明したほうが良いよ」
「そうね」
今は自分の事よりも、エウリュディケーの依頼の方がずっと重要だと判断した彼女は、少女の手を取った。
「精霊さん。家に一緒に戻りましょう」
すると少女は首を傾げた。
「あの……、私は精霊なのですか?」
少女の言葉に二人は驚く。
「精霊ではないのですか?」
春麗に尋ねられて、彼女は困ったような表情をする。
「私の名はエスメラルダと言います。でも、それ以外の事が思い出せないのです。
あの……私はどうしてここに居るのでしょうか?」
その理由は春麗や貴鬼にだって判らない。
「……エウリュディケーという精霊さんから預かって欲しいと頼まれたのですが、その方の事も思い出せませんか?」
エスメラルダはしばらく考えた後、首を縦に振った。
とにかく二人はめいめいに自己紹介して、天使ではない事は彼女に伝える。
春麗は、はっとした。
「もしかしたら、もう一人の精霊さんも起きたかしら……」
「オイラ、家に戻ってみるよ」
貴鬼は慌てて庵へと戻る。
「エスメラルダさんも戻りましょう」
しかし、彼女は夕暮れの森を興味深げに見ていた。

貴鬼が戻ってみると、テティスはまだ眠っていた。
彼は一応ほっとする。
(この人、起きてオイラを見たら、驚くだろうなぁ)
いきなり敵意を剥き出しにされても仕方ないと思うが、此処には春麗とエスメラルダがいる。
自分の対応次第では、二人の身が危険にさらされるかもしれない。
貴鬼はしばらく考え込んだが、結局良い案が思い浮かばない。
そこへ春麗がやって来た。
「貴鬼ちゃん。精霊さん、起きた?」
「まだ眠っているよ」
すると春麗の背後からエスメラルダが顔を覗かせた。
「その方ですか?私と一緒だったという精霊さんは……」
彼女はテティスの様子をその場から見る。
「エスメラルダさん。近づいた方が顔がよく分かると思いますが……」
春麗は首を傾げたが、エスメラルダはテティスに近づこうとはしなかった。
「どうしたの?」
貴鬼が彼女の手を取る。 しかし、彼女はその場から動こうとしない。
「いえ……。よく分からないのですが、何だか怖いんです」
泣きそうな顔をしたので、貴鬼は慌ててその手を離した。
春麗はテティスの顔を見たが、彼女には何の反応も出ない。