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仮面 1

「それだけの秘密があるというのか?」
カノンは戸惑った。
「当時は公然の秘密だった。だがヤンのいた時代には、もうその情報は伝わっていない」
それは、童虎も知らなくて当然の情報であることを意味する。
「それはなんですか?」
ムウも興味深げに尋ねた。
「貴方がたは何故女性聖闘士がマスクをしているか、分かるか?」
いきなりの身近な話題に、四人は顔を見合わせた。
「男性聖闘士と同等である為に女性である事を捨てるんだよな」
カノンは同意を求めるように、他の三人の顔を見た。
「それは表向きの理由。それなら顔を見たくらいで、愛するか殺すかの話にはならない」
いきなり常識と思っていた事を否定される。
「実は、聖域はアテナのいない時代に限り、他のオリンポスの女神たちがやって来ていたのだ」
どう反応して良いのか分からない四人だった。
「他の女神……」
「統治という意味ではない。彼女たちにとって、ここは安全な地上。
好奇心に駆られて遊びに来るという事だ」
言葉を継いだのは魔矢。
「そのつど聖域は大混乱に陥るから、女性聖闘士たちはマスクをして顔を隠す事で、やってくる女神たちを受け入れたんだ。
女神たちがそうやって女性聖闘士の振りをすれば、他の人間に怪しまれないからな」
既に四人は信じても良いのか、悩みはじめていた。
「マスクに力の封印の効果を与えれば人間の振りが出来るが、素顔を見られたら、女神であることがバレる可能性が高い。 その為、大抵の男は愛されるか殺される運命をたどる事になる。
この場合の愛されると言うのは、殺されずに済むという意味でしかない」
「おい!いくら女神でもアテナの聖闘士を殺していいのか!」
カノンは納得がいかない。
「昔は神と人の距離が、今よりも近かった。 歴代の聖闘士たちが女神たちを受け入れていたのは、この聖域で孤独を抱えるあの方に、いつか誰かが手を差し伸べてくれると思ったからだ。
それにそのような事態を引き起こす方が悪い。女性聖闘士のマスクに触れることは、最初から禁忌にしてあったのだからな」
聖闘士では絶対になれないアテナの悲しみを癒す存在を、彼らは遊びに来る女神たちに託していた。
しかし、未だにアテナのいる時代には、彼女らは来なかった。
「でも、何でそれがアテナには秘密なんじゃ?」
年の功なのか、素早く立ち直った童虎。素朴な疑問を口にする。
「他の女神と仲が悪い訳ではあるまい」
それは事実だったら、悲しすぎる理由である。 だが、魔矢はそれを否定してくれた。
「アテナは女神たちが戦乱に巻き込まれるのを嫌う。彼女たちは本来、あまり戦いと縁のない方たちだし、この地は常に戦場になる可能性があるからだ。
我々の時代の伝承によると、やはり巻き込まれた女神がいたらしい。
それからなのか、アテナの傍に女官を置く事は、代々避けていた」
カノンは不意に、見知らぬ少女を抱いて泣くテティスの夢を思い出した。
(何故、思い出す?)
何かを思い出しそうで、思い出せないもどかしさ。 カノンは机を叩いた。
「どうしたんですか!」
全員カノンの方を向く。
「すまない。話を続けてくれ」
するとオルフェウスが立ち上がった。
「私は少し席を外す」
彼は二人の返事も聞かずに、部屋から出ていった。
「何処へ……」
ムウは立ち上がったが、それをジャガーが制した。
「あいつは琴を奏でに行っただけだ、不調法は俺が詫びよう」

しばらくすると外から美しい調べが聞こえてきた。