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闇が何かの傷を癒す様に、静寂の世界を包み守る。 春麗は女性の言葉に驚いた。 「私の事をですか?」 「申し遅れましたが、私の名はエウリュディケーと言います」 彼女は深々とお辞儀をした。春麗もつられてお辞儀をする。 「精霊たちが、泣いている貴女の姿を見て嘆き悲しんでいるので、失礼ながら遠目からでも一目と思い来ました」 春麗は首を傾げる。 「あの……エウリュディケーさんは精霊なのですか?」 仙女のように美しい女性なので、尋ねながらも春麗は妙に納得してしまった。 「少々違いますが、そのように受け取ってくださって構いません」 「あ、ありがとうござます。私は大丈夫です」 心配をかけてはいけないと思い、春麗は無理やり笑顔を作った。 「本当はこんな日が来るんじゃないかって、思っていたんです」 今まで誰にも言えなかった思いを口にして、春麗は涙を零した。 「私……何の力もないから、無事を祈る事以外、紫龍に何一つして上げられない。 むしろ行かないでって言って、いつも彼を困らせている。 どうして私はここに居るんだろう。どうして老師は私に出て行くよう言わないんだろう。ずっと考えていました」 涙こそ出てはいないが、彼女は泣き顔になった。 「私、最低ですよね。 老師は私を可愛がって下さったのに、私にはその優しさが辛くなっていったんです。 紫龍が好きだから一緒に居たかったけど、もう止めます。 老師や紫龍を憎むようにだけはなりたくないから……」 春麗は両手で顔を覆った。もう言葉は紡げない。 そんな春麗の事をエウリュディケーはそっと抱きしめた。 彼女は何事かと驚いたが、優しい香りと暖かなぬくもりが心地よい。 「春麗さん。今はゆっくりとお休みください。何も分かっていないうちに結論を出しては、きっと後悔しますよ」 限りなく優しい笑みを見て、春麗は押さえていたものが溢れそうになっていた。 「わ、私……」 「この地を離れるのも、愛しい人に別れを告げるのも、はっきりした事が分かってからでも遅くは無いと思います」 しかし、春麗はその事について一人っきりの時にたくさん考えていた。 そして出てくる答えはいつも同じだった。 (紫龍にとって、私はもう邪魔な存在にしかならない……) 『ここに帰ってくる』 (老師も紫龍もとうとう言ってくれなかった) 春麗は堰を切ったかの様に泣きだした。 彼らがその一言を言ってさえくれれば、彼女はこの五老峰で待てたのである。 でも、彼らは言わなかった。 その為に彼女は自分が捨てられたのだと思い、自分の心を自分で傷つけていたのである。 その夜、エウリュディケーは春麗が眠りにつくまで、傍で手を握っていた。 大滝の前で歌っていたのは外国の子守歌。彼女は春麗の為に、優しい声で歌った。 昨夜はほとんど一睡もしていなかった為に、春麗は直ぐに深い眠りに落ちる。 彼女は静かに部屋を出た。 |
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