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思慕 3

パンドラは驚愕した。
黒い杖は黒い光を生み出し、そして人の形を作り始める。
目の前に現れたのは、どこか自分に似た青年。
「貴方は…」
『余はまた貴女を守れなかった……』
意外な声と言葉にパンドラは絶句した。
『貴女は余の味方だったのに、余は貴女を傷つけてばかりいる』
「ハーデス…様?」
『父の腹の中で死の影に気が狂いそうになった時も、貴女は余を抱きしめて守ってくれた』
青年はパンドラに近づくと抱きしめるような真似をした。
しかし実体を持たない存在なので、パンドラが青年を抱きしめる事は出来ない。
『余は貴女の面影を残す体を失った。次に余が目覚める時、貴女は余が判らないかもしれない』
パンドラはこの時、ハーデスが自分の弟である事の意味を朧げながら理解した。
「何をバカな事を……。
ハーデス、この私こそ弟である貴方によそよそしい態度を取ったことを許して……」
『姉上……』
「貴方は私の最愛の弟。これからは貴方が何処にいようと、どんな姿であろうと、私は貴方を見つけ出します。 たとえアテナやゼウス、ポセイドンがそれを邪魔しようとも、貴方を見つける為なら私は戦えます」
青年は嬉しそうに笑った。
この時パンドラは、ようやく自分の弟を手に入れたような気がした。
『姉上、貴女に冥闘士たちを預ける』
パンドラは目を見開いた。
『余はこれからしばらく眠りに入る。その間にゼウスたちが貴女に危害を加えたらと考えると、このしばしの別れですら心が引き裂かれるくらい辛い。是非受け取って欲しい』
弟の懇願にパンドラは、その瞳から涙が溢れ出る。
「判りました。冥闘士たちと一緒に貴方の目覚めを待ちます」
青年はパンドラの頬にキスをする真似をすると、そのままゆっくりと消えていった。
「ハーデス!」
パンドラが一歩を踏み出した時、足元に何かが当たった。
「これは…」
そこにあったのは黒い短剣。彼女は直感的で、それが弟の物であると判断した。
同意を得るかのように、パンドラはエウリュディケーの方を向く。
しかし彼女は次の瞬間その場に倒れこんだ。
「どうした!」
パンドラは彼女を抱き起こす。 既にエウリュディケーの顔色は青白くなっている。
「誰か。誰かおらぬのか!」
パンドラはパニックに陥って、絶叫した。
「ユリティース!死んでは駄目だ」
しかし、エウリュディケーは何の反応も示さない。
「誰か!」
パンドラは、彼女を力一杯抱きしめた。