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海よりも深い青 その19

騒然とする海底神殿。
だが、誰もが冷静に自らの責務を遂行していた。

神殿の入り口にある部屋では、天上界の使者は横目で牡牛座の黄金聖闘士を見た後、これは由々しき問題だと怒鳴って部 屋を出た。
天上界に戻って大神ゼウスに報告させてもらうとまで言い捨てての行動。
この様子に牡牛座の黄金聖闘士は、厳しい眼差しを向けた後立ち上がった。

★★★
スキュラの海将軍が離れると、カストールと女神テティスは足音を立てずに神殿の外へと出る。
素早く周囲を見回すが、天上界の闘士達が居るような気配はない。
「今のうちです」
カストールはそう言うと、女神パラスを抱えたまま女神テティスの前を進んだ。
確かに気配は感じられないが、だからといって居ない事にはならない。
このような慎重に慎重を重ねる思考は、弟が神である事を知らされた時から意識して行うようにしていた。

何故なら不死の神であるポリュデウケースは、何度伝えても人間の情愛と行動原理を理解出来なかったからである。
★★★
身内から表立って血族殺しという方法は取られなかったが、事故を装った暗殺未遂は何度かあった。
その度に父も母も、危険だが名誉が得られるという旅に宴を開いてまで要注意人物を送り出す。
何処に送り出したのかは一度として教えてもらった事はないが……。

自らを滅ぼす欲を押さえられない人間を、弟は愚かだという。
その理屈は確かに一理ある。
だが、欲望を押さえる為に考える時間が、人には無いのも事実である。
人間は自らの命の長さを知る事は出来ないのだから。
そして理性のみで物事を判断するわけではない。 最も愚かしい思いを抱えて動く人間もいる。
それは王だろうが英雄だろうが、地位も名誉も持たない人間だろうが変わらない。
そう言うと神である弟は笑った。
他の一般大衆と違うから、王であり英雄と呼ばれるのではないのかと。

自分が今の立場を選んだ以上、もう弟妹の心配をする事は出来ても、手助けをする事は出来ない。
だが、心の奥底で何か漠然とした不安が残っていた。
実妹であるクリュタイムネストラーは人間である。
いつか彼女がポリュデウケースとヘレネの為に無茶な事をするのではないか。
そんな気がしてならないのである。
★★★