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海よりも深い青 その10

脳裏に人の声が響く。 クリュサオールの鱗衣が細かく震える。
お互いに相手が別人でありながら、同一の存在。
それ故にクリシュナは、彼の怒りと例えようもない悲しみを理解する。

★★★
海皇のもとで海を守護する闘士たちとそれらを束ねる海将軍。
彼らは海皇と海の武神である女神パラスを誇りとしていた。
だが大神ゼウスはその女神に対して警戒していた。
聖域を束ねる女神アテナの親友。 ギガントマキアにおいて、華々しい活躍をした猛き武神。
彼女を褒めるものはとても多い。
だからこそ問われた。

もし海皇と女神パラスが仲違いをしたら、海将軍たちはどちらの味方をするのだ?

神々の悪意。
女神アテナには聖闘士がいる。
だが、女神パラスには闘士はいない。海闘士は海皇の闘士なのだから。
では、海将軍たちは女神パラスを切り捨てるのか?
神々の悪意の本質は其処だった。
人間の信仰と信頼に対する問いかけ。
主を海皇として女神パラスを討ち取るのか。
それとも女神パラスを選んで海皇から離れるのか。
苦肉の策として女神に専属の闘士を与え、禍根を作り上げるのか。
神々は海将軍たちを試したのである。
★★★

初代のクリュサオールの海将軍はクリシュナに問う。
あの時、我々はどうすれば良かったのだろうかと。
無理矢理にでも答えを出せば良かったのか。
だが、もう何もかもが終わってしまった。 女神は親友であった女神アテナの剣によって倒れたのだから……。
彼らに決して聖域と争うなと言う約束を取り付けて。

何よりも大事な親友を手にかける。
女神アテナの所業は許しがたい事ではあるが、既に女神は自らを裁いて正気ではなくなったと聞く。
むしろ其処までの友情を感謝してしまいたくなる自分がいた。
なのに自分達は狂う事も出来ず、ただ海将軍としての責務をまっとうしている。
狂えばそれは己の主への裏切りに他ならないから。

海の至宝を殺したのは、誰でもない自分達海将軍の不甲斐なさではなかろうか。


クリシュナは溜息をついた。
この海将軍の心は、今や悲鳴を上げ軋み始めている。
誰の所為でも無いという言葉は、この状態の彼には意味がない。
彼の苦しみは裁かれない立場に自分が居ることなのだから。

★★★