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烙妖樹 その17


★★★
次の日の早朝、星矢はリハビリを兼ねて自主トレをしていた。彼の場合、戦闘時という緊張がないと小宇宙による回復は上手くいかないらしく、怪我そのものは回復しつつあるが少しだけ傷跡に痛みが残っていた。 それでも野山を駆け回るのは気持ちがいい。そして彼には最近、目標とする人物が出来た。
その人物とは冥界を守護する三巨頭のひとり、ガルーダのアイアコス。彼の速さと機敏さ、そしてスタミナに星矢はいま一歩のところで後れをとったのだ。 異空間が自分たち聖闘士にとって負荷の大きい場所だというのを差し引いても、単純に彼は悔しかったのである。
(絶対に、あいつに追いつく!)
決意を新たにスピードを上げようとしたとき、彼の背後で誰かの声がした。

「ジュネ……」
振り返ってみると、そこには金色の長い髪をもつ美しい少女が息を切らせている。
「もう、外へ出ても大丈夫なのか?」
星矢にはジュネの傍へ駆け寄った。
「ずっと……室内に居たから……、身体が鈍っていたみたい。星矢の追走が出来るかと思ったんだけど……」
「えっ、全然気がつかなかった」
「気配は消したから……。他の人に見られたくなかったし……」
そしてジュネは話がしたいと言う。星矢は何事かと思ったが素直に頷いた。
二人は近くの岩場に寄り掛かる。彼女はしばらくソワソワしていたが、何かを決意したらしく真面目な顔で言った。
「今度も迷惑をかけてごめんなさい」
いきなりの謝罪に星矢はビックリした様子でジュネを見た。
「な、何を謝るんだ。あの時はジュネだってエスメラルダさんたちを助けるためには、あの方法しかないと思ったんだろ。こっちこそ……」
「だって、また星矢たちに迷惑をかけた。私のことは嫌ってもいいから……、お願いだから瞬のことまで嫌わないで」
彼女はうつむき加減で喋っている。だが星矢には何がなんだか分からない。
「瞬を嫌うって……ちょっとまて! ジュネは何を心配しているんだ? 分かるように言ってくれ」
「だから、私は今まで星矢たちにとって味方とは言えない立場だったでしょ」
彼らが大変だったとき、ジュネはいつも別の場所に居た。それは彼女にとって仕方がないという言葉では済まされない、重く苦しい事実であった。
「女神が聖域に来たときも聖戦のときも、私は参加していなかった。そんな私が瞬の傍にいたら……」
「待て待て。ジュネは何か勘違いをしているぞ。俺たちが沙織さんと聖域に来たとき、ジュネは瞬の妨害に遭っていた。それに聖戦のときは、ジュネの方だって大変だったんだろ。一緒に行動していないから味方じゃないとは、一度も思ったことは無いぞ」
星矢は慌てて彼女の発言を遮る。
「きっと俺たちは役割が違うんだ。昨日だってジュネはちゃんと情報を収集して、俺と邪武に注意をするよう言ってくれた。俺たちだけだったら注意をするどころか警戒もしなかったと思う。その心構えの違いは大きい」
「でも……」
「いいから聞け! ジュネは俺たちの仲間だ。だから俺たちのことも瞬のことも疑わないでくれ」
星矢の真剣な言葉に、彼女の顔が赤くなる。
「あ……ありがとう……」
自分が誰の真心も信じていなかったことに気づき、彼女は恥ずかしくなった。 ただ、星矢も最後が締まらなかった。急に空腹を感じたらしく、お腹が鳴ったのだ。 ジュネはクスクスと笑う。
「自主トレ中に引き止めてごめんなさい」
そう言って彼女は先に聖域の方へ戻って行った。

その後星矢は少しばかり周辺を走り、個人行動をしていたのだが……。
★★★
家に戻ると、昨日の夜遅く任務から戻ってきた魔鈴が起きていた。 星矢は彼女に一昨日のことは、まだ話してはいない。
「魔鈴さん、おはよう」
「あぁ、おはよう。一昨日は大変だったらしいね」
「えっ……」
星矢はいつの間にと驚く。
「アイオリアが教えてくれたんだよ」
あっさりとタネ明かしをされて、彼はすぐに納得した。アイオリアなら魔鈴と会う回数は多い。
「カノン相手に啖呵を切ったそうじゃないか」
冷やかされたと思い、星矢は照れて頭を掻く。
「まぁ、勢いで……」
「では、その勢いで今日の訓練メニューをランクアップしておく」
「えっ……」
「海将軍相手に一歩も引かなかったのなら、出来るだろう」

新しい目標の出来た星矢としては、ランクアップ自体は望むところである。だが、 師匠である魔鈴の特別訓練メニューは経験上洒落にならないものであることも分かっている。
(……)
彼は背筋に冷たいものを感じた。それは聖戦や魔獣戦のときには無かったものだった。