INDEX
 

烙妖樹 その14


★★★
地獄門の前で、亡者はじっとしていた。
黒い鎧のようなものをまとった人は、いつ戻ってくるのだろうか。
さっき、自分の中から何かが抜けたような気がした。
いったい己の身に何が起こっているのか。 何故、自分はここに居るのだろうか。
彼はこのまま冥界の大地に溶け込んでも良いような気がした。

もう、何も考えたくはない。

彼は目を瞑ろうとした。
そのとき、青い光が見えた。
いつの間にか、亡者の目の前には黒い鎧の人が来ていたのだ。
手には大きな青い鱗を持っている。
『コレハ……』
「お前はこれを知っているはずだ」
その言葉に彼は頷く。生前の生業と共に名前と冥界に来る前の出来事を……。
「もう、お前は門をくぐることが出来る。この鱗を持って裁きの間へ行き、自分に何が起こったのかを裁判官に正直に言え。お前自身に罪があれば裁かれるが、それ以外の罪は加算されずに済む」
その言葉に亡者は何度も礼を言いながら門の方へ進む。
その足どりは、先程よりもしっかりとしたものだった。
★★★
聖域周辺に突如として現れた魔獣たち。 それとの戦いは短時間で終了となったのだが、それ以降の処理は一晩経った今でも続いていた。
「それで、魔獣というのはどういう奴なんだ!」
朝方、任務を終えて聖域に戻ってきたミロは、アルデバランとアイオリアから昨日の事を聞いていた。しかし、二人は魔獣について詳しくと言われても上手く説明が出来ない。何しろ相手はいきなり登場し、すぐに全滅したので実戦時の情報しかないのである。
「巨大な犬にワニの皮を張り付けて……、倒したらドロドロの液体になって……」
とにかくあっと言う間に終わってしまったので、状況しか話せない。どこから魔獣が現れたのかは話せても、何者がそのようなことをしでかしたのかが分からないのである。
「犬? どんな犬だ!」
「ええっ!!!」
最後は絵に描けといわれ、二人は用事を思い出したといって逃げてしまう。 とにかく、今回は青天の霹靂ともいうべき事件だった。
★★★
「──しかし、よく分からないからといって無視をするわけにもいくまい」
ダイダロスはペンを置くと、お茶を一口飲む。薬湯は少しばかり苦かった。
「それはそうだ。記録を残しておけば、あとで何か気がつくことがあるかもしれないからな」
オルフェはテーブルの上の紙を一枚手に取る。彼らは昨夜から魔獣達との戦いの記録を書き始めていた。事細かに書かれてはいるが、これはあくまで後方支援だったダイダロス側の出来事である。
一番重要なこと知っているであろう弟子のジュネは、救出されたあと完全隔離されてしまった。これは異形の獣たちが魔毒を持っていた場合、薫浴と沐浴を繰り返し、特別に調理されたものを食べ、その毒素を身体から抜かなければならないからだ。ジュネが仮面を持ち歩いていれば、ここまで酷いことにはならなかっただろう。しかし、それを今更言っても仕方のない話である。
「ダイダロス。アンドロメダがペガサスから聞き出してくるそうだから、ジュネが回復する前にかなりの情報は集まるよ」
「……そうだな」
しばしの沈黙の後、再びオルフェが口を開く。
「ところで、あの書類はまだ僕が持っても良いかい?」
「えっ?」
「ジュネを預かるという書類だよ」
ケフェウス座の白銀聖闘士は友人の言葉に、ようやっと委任状の存在を思い出した。
「それは……」
「今回は簡単に来てくれて助かったよ。あのときは委任状を忘れていたから、ダイダロスが行かないと言い出すのじゃないかとヒヤヒヤしたんだ」
「そんなことはない。ジュネに何かあれば私は何処へでも行く」
それが辛い目に遭わせた弟子への、自分に出来る数少ない関わりなのだ。その決意にオルフェは頷いた。
「わかった。でも委任状は破かないよ」
「……?」
「今回のことで、アンドロメダ島の聖闘士達がジュネに甘いのがよく分かった。下手をすると島に連れ戻して今度は聖域へは行かせないと言いだしかねない気がするから、このまま僕が預かっているよ」
多分オルフェはからかっているのだろうが、ダイダロスは苦笑いをする。 弟子たちの様子を見ると、有り得そうな気がするからだ。
★★★
その頃、瞬はダイダロスに言われて星矢から当時の事を聞いていた。 本当なら星矢に朝からの動きを書いてもらえば良いのだが、当の本人が昨日の出来事を数行書いて終わらせようとしたのだ。当然、そのような書類では今後の参考にしにくい。
ということでアイオリアが「インタビュー形式で星矢を尋問したほうがいい」とアドバイスをしてくれたので、瞬が質問をすることになったのである。 彼は何から聞くべきかと思ったが、事の始まりから聞いた方が良いと判断した。
「それじゃ、最初の質問は……」
ジュネさんのこと、どう思っている?と、尋ねてみようかと思ったが、あまりにも私情に満ちていたので、ぐっと堪える。
「……何で野外マーケットに行くことになったの?」
瞬の葛藤を知ってか知らずか、星矢は腕を組みながら昨日のことを話し始めた。