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烙妖樹 その13


★★★
聖域の一角では、異様な匂いが充満していた。倒された魔獣の身体は焼かれ、残骸のように硬い鱗のようなものが落ちている。
異空間から出現する数が少なくなったころ、今度は強い光が迸った。それは一瞬にして周囲の霧と魔獣を消し去る。 後に残されたのは途中から千切れたネビュラチェーン。 聖域と異空間を繋いでいた穴が、いきなり消滅したのだ。
「何があったのだ!」
ダイダロスはいままで異空間と繋がっていた地点へ駆け寄る。しかし瞬にも何が起こったのかわからない。 問題の場所は戦いの傷跡はあれど灰色の霧は吹き出さなくなっていた。
「まさか……、空間が塞がれたのか」
まだジュネもペガサスの聖闘士たちも戻っていない。なのに穴が消滅したのでは、彼らの帰還は絶望的になる。
「そんな……」
そう瞬が呟いたとき、背後で人々のどよめきが起こる。 振り返ってみるとジュネがペガサスの聖闘士に支えられて立っていた。その後ろにはアイアコスがいる。
「ジュネさん!」
瞬は嬉しさのあまり外聞も憚らず彼女を抱きしめる。ジュネは「ごめんね」と言って、瞬に身体を預けようとした。 だが、彼女はダイダロスの姿を見つける。そして表情を強張らせた。
★★★
「先生……」
魔獣戦という混乱した状態ゆえ、ダイダロスたちは引き際を失っていた。周囲に微妙な空気が流れる。 アイアコスは何事かと思ったが、あえて沈黙していた。
ジュネが瞬に支えられながら、よろよろとダイダロスの方へ近付く。
「先生……」
「よく頑張ったな。ジュネ」
ダイダロスは昔のようにジュネの頭を撫でてあげたかったが、彼女に触れても良いのか迷ってしまった。アンドロメダ島での粛清を思い出しはしないか。心が壊れたりしないか。とにかく、どうしたらいいのかを彼はずっと考えた。
「先生」
「何だ?」
「私は今でも先生の弟子でいて良いのでしょうか? それとも不甲斐無い弟子ということで破門でしょうか?」
泣きそうなジュネの表情に、ダイダロスもまた涙が溢れそうになる。
「何を言う! お前は自慢の弟子だ。ずっと私の誇りだ」
堪えきれずに、ダイダロスはジュネを抱きしめる。彼女は師匠の胸でしばらく泣き続けたが、そのうち身体が下がっていった。膝に力が入らないらしい。
「瞬。早くジュネを連れていってやれ! 多分、体力の限界が来ているぞ」
星矢の言葉にダイダロスも瞬も我に返る。ジュネは自分たちよりも多く魔の気を受け続けている。穢れを早く取り去らないとならない。
「後の処理は、こっちでやっておくよ」
オルフェに言われて、ジュネを抱き抱えたダイダロスとその弟子たちは全員聖域に戻ってしまった。

「なんだ? あの過保護っぷりは……」
アイアコスの言葉に他の聖闘士達は、ただ苦笑いをしたのだった。
★★★
しばらくしてサガとカノンが聖域に戻る。 その手には、敵を倒した証拠物件とばかりに巨大な牙と何枚かの鱗があった。
「アイアコスは?」
今回の一件に多大な協力してくれた闘士の姿が見えない。カノンがアルデバランに尋ねると、彼は一度冥界へ戻ったという。
「何か確認をしたいことがあるとか」
「……忙しいやつだな」
そう言いながらカノンもまたサガの様子を見る。既にポリュデウケースは姿を隠していた。
(サガにも教えないということは、言う気はないということか)
あの男は何かを知っているし意図的に隠しているのだろうが、それが何なのか、カノンには想像がつかなかった。