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烙妖樹 その12


★★★
『王は私を謀った』

『この木は人に富を与えない。むしろ人を食らうて成長するのだ』

『憎い、憎い、憎い……』

『あの者たちを葬れば、私が王になれたというのに……』
★★★
大地に倒れていたジュネは、誰かの聞こえたような気がして目を覚ます。
運良く魔獣を二体ほど同士討ちさせたが、喧嘩をし始めた獣達が無茶苦茶に暴れ回った為に弾き飛ばされてしまったらしい。 全身に痛みが走る。フラフラする意識の中で立ち上がろうとしたが、身体が重く感じられて再び尻餅をついた。 そのとき彼女は背後に獣の気配を感じた。
「しまった!」
動いたことが相手に知られたのだ。魔獣が唸り声をあげながらジュネに飛び掛かろうとする。

この瞬間、異形の獣は横腹を細長い鎖で貫かれ、弾き飛ばされる。

「えっ!」
驚くジュネの目の前で、今度は黒い影が獣の身体を切り裂く。
(誰……。瞬じゃない)
彼女が事態を飲み込めずにいると、聞いたことのある声が彼女を呼んだ。 振り返ると、そこにいたのはペガサス座の聖闘士。
彼はほっとした表情でジュネの腕をつかみ、 彼女を立たせようとしたのだった
★★★
だが、ジュネは体力の消耗が激しく立ち上がることが出来ない。 星矢はそんな彼女を抱き抱えることにした。
「星矢。私は大丈夫だ!」
彼女は驚きのあまり抵抗したが、星矢は離そうとしなかった。
「大丈夫なわけないだろ!! 瞬のためにも大人しくしていろ」
最愛の人の名に、彼女は動くのを止める。星矢の耳に小さな嗚咽が聞こえたが、彼はそのまま無視をした。 ただ、悔しいのか何か不満があるのか分からないが、力一杯しがみつくのは止めてほしいとは思う。 そのとき、三人の許へ枯れ木のような姿の老人が現れる。 明らかに敵意に満ちた眼差しをしていた。
「お前が黒幕ということか」
アイアコスは老人の前に立つ。相手の姿は冥界にやって来た哀れな亡者と同じだった。 だが、中身は明らかに人間とは違う。もっと魔に近い。
『逃ガサヌ……』
ジュネはその声にドキリとする。それは野外マーケットで会った店主の声とは違い、先ほど夢現に聞こえてきた声に似ていたからである。 老人の身体が膨れ上がり、人とドラゴンが融合したような姿が現れる。 星矢はジュネを庇う。アイアコスは相手の変化に薄く笑った。
「不死の邪法に囚われた者は、こうするしかない」
その瞬間、彼の拳が異形の者の身体を貫く。
「この俺にお前の能力など、何一つ通用しない」
相手は己の身に何が起こったのか分からなかったらしく、ただ驚きの眼差しでアイアコスを見ていた。
★★★
その頃カノンたちが対峙しているドラゴンは、鱗を魔獣に変化させるのを止めていた。 偽の巨木は静かに佇んでいる。
テュポンとエキドナの子と言われると、そうかもしれないとカノンは思った。同時に、オルトロスとエキドナの子でも納得してしまいそうではあったが……。
「名も無き子ゆえ、その能力は伝承されてはいない。 だが、これほどの存在なら御すれば世界を手に出来るぞ」
それは何か挑発するような言い方だった。 カノンは眉をひそめる。
「質の悪い冗談は止めろ」
「何故」
「人の血を覚えた奴が、人に従うわけがないだろ」
魔獣達が人を襲うのは、このドラゴンが人の血を覚えていることに他ならない。そのような存在を身近におくのは危険極まりなかった。昔と違って、今のカノンには守らなければならない存在がいるのだから。
「ならば、迷うことなく滅することだ」
ドラゴンが知恵をつける前に。邪悪な者たちによって、自分たちの世界に放たれる前に……。
「分かった」
たとえこの世界の崩壊に巻き込まれようとも、彼ら人は迷わなかった。

二人は同じタイミングで必殺技を放つ。
星々を砕くほどの力を受け、ドラゴンは叫び声をあげながら身体を大きく揺らした。真っ赤な目で二人を見る。 しかし、彼らに反撃するよりも身体が粉々になるほうが早く、ドラゴンがした動作は瞼を開いたことだけだった。