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「星矢! 怪我の具合は……」 「大丈夫だ」 しかし、彼は背後に来たカノンに簡単に腕をねじ上げられる。 「怪我人が足を引っ張るな」 ところが星矢は頑として抵抗した。 「囮には俺がなるって言ったのに、あいつは譲らなかったんだ。魔獣たちに止めをさせない自分じゃ女官たちを守りきれないと言って!」 止める間もなく、彼女は集団から離れたのである。 案の定、魔獣たちはジュネを離脱した弱者ということで星矢たちから離れたのだ。それは抵抗の激しい者よりも逃げ回るだけの者の方が、向こうも安全と判断したためかもしれない。 「絶対に助けに行く。あの時そう誓ったんだ」 星矢の言葉には強い意志があった。そこへアイオリアがやって来て、カノンの腕を掴む。 「男が命懸けの場で誓ったことだ。行かせてやってくれ」 仕方がないとばかりに、カノンは手を離す。 アイアコスはその様子を黙ってみていた。 そうこうしているうちに太陽は西へ傾き、もうすぐ夜の世界がやってくる。 時間が長引けばジュネへの危険度は格段に増す。既に……という気持ちを捩じ伏せて、瞬は精神を統一した。 魔獣達の世界に行くのはサガとカノン、そしてアイアコスと星矢だった。アルデバランとアイオリアは異空間から飛び出してくるであろう魔獣を倒す役目を負う。一匹でも取り逃がせば、その被害は計り知れない。今の聖闘士達は魔獣戦に慣れていないと言っていられない状況だった。 (ジュネさん……) ネビュラチェーンが動きを見せ始める。 瞬の背後には、怪我を押してやってきた邪武や他の青銅聖闘士たちもいた。 彼らもまた異形の獣を聖域に向かわせないために、この場に集まったのである。 瞬の脳裏に大地に倒れている恋人の姿が見えた途端、ネビュラチェーンが勢いよく近くの大地に突き刺さる。 そしてそこからは、粉塵ではなく灰色の霧が吹き出してきた。チェーンは大きくうねり、空間を切り裂く。 隠れていた世界から、霧は瞬く間に周囲に広がった。 「行くぞ!」 サガの掛け声と共に、彼らは異空間へと飛び込んだのだった。 |
ネビュラチェーンは真っ直ぐ灰色の世界を進む。星矢はがむしゃらにその後を追った。途中で魔獣の姿を見たような気がするが、とにかくジュネを見つけるまでは体力を消耗するような真似は避けなくてはならない。彼女を生きて瞬の所へ連れて帰らなくてはならないのだから。
そんな星矢の前をアイアコスが走っていた。 (あいつ、スピードが全然落ちていない……) 彼らの後方では、魔獣たちの咆哮と断末魔が霧の中で響いていた。 |
チェーンが裂いた空間からは彼らの推測どおり魔獣達が飛び出す。 それは狂乱にも近い無秩序さであった。瞬もまた攻撃されそうになったのだが、ダイダロスや兄弟子達が次々と仕留める。だが、そうすると魔獣達は腐ったような匂いの体液をまき散らしながら地面へと倒れ、周囲の草を枯らしていった。 「死んだ魔獣共には火をかけろ!」 アイオリアが白銀聖闘士たちに命じる。大地を穢す魔は炎で浄化しないと、その地に新たな魔を呼び込みやすい。その間にも異空間から次々と魔獣は現れた。いつ終わるとも知れない戦いだった。 |
その頃、サガとカノンは灰色の霧の中で魔獣達を倒していた。 「いったい何匹いるんだ?」 カノンは思わず口にした。倒しても倒しても、魔獣は次々と現れるのだ。 ただ、倒した獣たちは霧の中に溶け込んでしまうので、本当に倒せたのか分からないときがある。 「こっちだ」 サガは何かに気がついたのか、魔獣の現れる方へ突き進む。 「本体を潰すぞ」 「本体だと!」 「そうだ。今まで現れている魔獣達は本体の作り上げた分身だ」 このときカノンは、サガの表情に"あの男"の影を見た。 「お前は……」 「……魔獣は人が支配できるものではない。いずれ関係した者たちを食い殺して表へと出る」 それが力を得た魔獣の行動パターンだと彼は言う。 誰がその力に魅入られたのかは分からないが、それを調査するには敵本体の力が巨大になりすぎていた。 相手の言うとおり霧の中から現れる魔獣がただの分身ならば、止めを刺すような戦い方は体力の消費でしかない。 向かってくるモノの攻撃を紙一重で避けながら、二人は奥へと進む。 すると前方から樹木のようなものが見えてきた。 「なんだこれは!」 カノンは絶句してしまう。 それは爬虫類のような鱗を持った青いドラゴンが、巨木の擬態をしていたのである。 鱗の一枚一枚が、葉に見えないことも無い。 「テュポンとエキドナの『名も無き子』が残っていたようだな」 彼にはドラゴンの正体が分かっているようだった。 |