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烙妖樹 その9


★★★
瞬が聖域に来たのは、日本へやって来た白銀聖闘士から面白半分に星矢とジュネが訓練所でアヤシイ話をしていたと聞かされたからである。最初から有り得ないと思っていたが、それでも彼女を想うと会いたくなる。なんとか都合を付けて、聖域へやって来た。
ところが聖域へ到着してみると、ジュネが星矢たちを助けるために自ら囮となって魔獣たちのいる空間に残ったというのだ。

「なんでだよ……」
彼は力が抜けたように、話を聞かされた部屋の壁に寄り掛かりながらしゃがみ込む。白銀聖闘士のカペラが説明をしてくれたが、星矢と邪武が大怪我をして発見されたということで楽観が出来るような状態ではない。 しかし、早く彼女を助けなくてはと考え直した。
一秒でも早く。
とにかく現場に行かねばと彼は立ち上がる。そこへユリティースがお茶を持って部屋に入ってきた。
「瞬さん……」
「……」
瞬は彼女の方を向いたが、表情を読まれたくなくて、すぐさま顔を伏せる。とにかく何かをしなくてはならないが、正直言って現場で何をすればいいのかも分からなかった。
「エスメラルダさんから聞いたのですが、ジュネさんには甘い匂いが付いていたそうです」
それは初めて聞く情報だったので、瞬は顔を上げる。
「甘い匂い?」
「野外マーケットというところにいた店の主人は彼女たちの前で香水瓶を落としそうになった。でもジュネさんがとっさに持って事なきを得たそうです。でも、ジュネさんの身体に仄かに匂いが残っていたということです」
エスメラルダは今、魔獣との接触ということで香草を使った薫浴と沐浴の為に隔離されていた。 魔の気配は長期にまとい続けると生命力が削られるからだ。
「それが……?」
「詳しいことはわかりません。ただ、同じように話を聞いた双子座様やシードラゴン様は、その匂いに魔獣達は引き寄せられたのではないかと言っていました」
美味しそうな匂いを感じれば、獣はまず口に入れようとする。ならば問題の店の主人が魔獣を餌付けするときに、特定の匂いを使ったという推測が成り立つ。
「そんな!」
「瞬さん。オルフェが今、ダイダロスさんを呼びに行っています。彼なら何か突破口を開いてくれるはずです」
そう言いながら彼女はポットからカップにお茶を注ぐ。
「 これをどうぞ。」
渡されたカップには仄かに草の香りがする液体が入っていた。
「これは?」
「香草と薬草のブレンド茶です。魔に近付く方は、予め飲んでおいた方が回復に差が出ます」
魔との戦いは聖闘士ならば一般人よりも多少の耐性はあるが、それでも予防策は講じていたほうがいい。 何事にも備えは大事だと、彼自身も師匠からよく言われていた。
「わかりました」
瞬はお茶を口にする。ジュネのためにも自分が倒れるわけにはいかなかった。