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烙妖樹 その8


★★★
聖域から少し離れた岩の多い大地で、幾人かの雑兵たちが血まみれで倒れていた。周辺にはドロドロとした液体が腐臭を放っている。女官たちも髪は乱れ服が所々破れており、何よりパニックを起こしており発言が要領を得ない。 駆けつけた人々は、最初に何があったのか判断がつかなかった。
しかし、少し離れたところからエスメラルダと二人の青銅聖闘士が現れ、彼らの言葉でようやく事態が飲み込めた。彼らはいきなり現れた正体不明の魔獣に襲われたのである。
「ワニのような皮をした犬みたいなやつだ」
星矢は叫ぶ。それがいきなり襲ってきたというのだ。 彼らが大怪我をしていなければ、逆に信じられないような内容である。
傍にいたエスメラルダがサガの手首を掴んで懇願する。
「ジュネさんが……、私たちを逃がすために囮になったんです。助けてください」
魔獣は複数いたが、そのうち身体の大きい獣たちはジュネの離脱によってターゲットを変えたのである。 そのおかげで星矢たちは女官たちを連れて逃げきれたのだ。 今となっては何処をどう逃げたのか、自分たちが何処にいたのか見当がつかないが……。
集まってきた人々の手により、怪我をした雑兵も女官たちも聖域へと運ばれた。
「ペガサスとユニコーンはエスメラルダさんをユリティースの所へ連れて行ってくれ」
オルフェはの言葉に星矢と邪武は異を唱える。
「ジュネがまだ戻ってきていない。俺も捜す!」
しかし、彼らの意見は通らなかった。 カノンによって二人とも気絶させられたからである。
「そんな身体で魔獣戦ができるか!」
意見はもっともだが、手荒い方法だった。

聖域に第一級の厳戒体制が敷かれる。 だが、敵が何処から現れるのか分からないのがやっかいである。
そして同じ頃、いきなり何の連絡もなくアンドロメダ座の青銅聖闘士である瞬が聖域入りをしたのだった。
★★★
アイアコスは異常事態の発生した現場を見て回る。 その場にはアルデバランとカノンがいた。
彼らは魔獣を見つけることを第一に考えたので、武装してはいない。魔獣のような本能の強い存在は、己より強い者の前には姿を見せないからである。自分たちの実力を悟られるのは避けなくてはならなかった。

「意識のあった雑兵たちの話では、灰色の霧が出たと思ったらあっと言う間だったそうだ」
どうやら彼らは女官たちに好感を持って欲しくて、荷物持ちという理由で迎えに行ったらしい。そこを襲われたのである。
「アイアコス殿。久しぶりの再会だったが、とんでもないことに巻き込んでしまったようだ」
アルデバランとアイアコスはギガントマキア以来の再会だった。
「いや、こっちは冥界の秩序のために動いている。気にするな」
彼の足下では、腐った匂いの液体が周囲の草を枯らしている。
「アイアコス。何かあったか?」
カノンが少し離れたところで、周囲を見回していた。その様子には殺気が漂っている。
「全然見つからない。向こうの出現を待つしかないだろう」
しかし、それでは後手に回る可能性があった。 そのときアルデバランが呟く。
「それにしても、何故魔獣達はここに出てきたのだろうか……」
「どういうことだ。牡牛座」
「いや、聖域に魔獣は出てこない。それは分かる。では、何故近くの村ではなく、この何も無いこの場所なのだ?」
「……」
それはアイアコス自身にも疑問だった。確かに聖域周辺は、大きな戦いがあれば空間が不安定になりかねない呪術の発動もあるだろう。 何しろ聖闘士たちは呪術が使えないのだから。
しかし呪術の紋様を、この何も無い大地に刻み込むのは不毛である。発動条件が厳しすぎるのだ。
では、どうしてピンポイントで接触が可能だったのか。
「……匂いか?」
「……かもしれない」
それも人の匂いというものではない。それなら近隣の村の方が襲われているはずである。
「シードラゴン。お前の妹と話はできるか!」
とにかく詳しい話を聞かなくてはならない。するとカノンは、自分が聞きに行くという。
「俺が聞いてくる。今のエスメラルダにお前が近付くと、サガの抑えが利かない」
大事な妹が魔獣に襲われそうになったのだ。しかも、冥界の方でも何か関わり合いがあるらしい。 そんなあやふやな情報でもポリュデウケースの意識が表に出ると、問題がややこしくなりかねない。

だが、彼は今の人々が知らないことでも経験上知っている可能性がある。
それが一縷の望みでもあった。