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烙妖樹 その4


★★★
その店は野外マーケットにやってくる客用に、食べやすいメニューを取り揃えていた。 種類が豊富なわけではないが、それでも選択肢があるのは有り難い。 星矢と邪武は女性陣から少し離れたところで、皿いっぱいに盛られたスーヴラキ(肉の串焼き)に舌鼓を打っていた。 そこへギロピタを持って、ジュネがやって来る。

「……座って良いか?」
「あぁ、いいよ」
星矢の返事は素早かった。邪武は何も言わない。 ジュネは二人から少しだけ距離を取って、草むらに腰を下ろす。
「……さっき女官たちが言っていたのだが、どうもここら辺で何人か行方不明になっているらしい」
「行方不明?」
「三人とか十人とかハッキリしたことはわからないが、夕方に帰宅するはずの人たちが帰って来ないということで村々で捜すということがあったらしい。遺品がどこかの森で見つかったというらしいが、それが何処なのかは不明」
ふと、ジュネは二人が自分のことを見ているのに気がついた。
「すまない。煩くして……」
嫌がられたかと彼女は思ったが、
「ジュネはスゴイな。よくそこまで情報を集めたなぁ」
「噂で済めばいいが、オレたちも帰りは十分警戒したほうがいい」
と、星矢も邪武も素直に感心していた。
「私はただ女官たちが聞いた話をまとめただけだ」
「でも、ジュネはそれを俺たちに聞かせた方が良いと判断したんだろ」
そう言いながら星矢は何か合点がいったらしく、持っていた串を小さく振る。
「あぁ、だから太陽の出ているうちに帰れって言われたんだ」
「なんだよそれ」
「いや、店のオヤジとかが迷子かって聞いて煩いんだよ。もしかすると、そっちを心配してくれたのかもな」
星矢の呑気な態度に邪武は呆れる。
この二人の様子に「東洋人にありがちな実年齢よりも若い子に見られた」のではないかとジュネは思ったが、何も言わずにギロピタを口にしたのだった。
★★★
注:ギロピタ
肉や野菜を『ピタ』と呼ばれるパンでくるんで食べる。ギリシャのファーストフード。
詳しいイメージは『ギロピタ』で検索をしてください。
★★★
その頃、聖域ではサガが落ち着かない様子で双児宮をウロウロしていた。
(確か予定表では、今の時間はエスメラルダたちは昼食をとっているはずだ)
何故にこんなにも不安なのか。その理由は分かっていた。
(ポリュデウケースの妹たちは、望まぬ騒動に巻き込まれやすかったらしい)
とにかく男たちが放っておかない美しさを持つ妹たちだったのだ。
(エスメラルダはヘレネと関わりを持つ。あの子を単独行動などさせたら、毒虫のような男に目をつけられるに決まっている!)
しかし、毎回過保護にしていたら、エスメラルダ自身が自己防衛について経験する機会が無くなってしまう。 そう説得されて、今回は聖闘士も一緒に行動させることを条件に外出を許可したのだ。 だから大丈夫だと思う反面、やはり兄役である自分が後手に回るような事態は好ましくない。 感情が理屈を凌駕しており、サガ自身もどうしたらいいのか迷っていた。
「様子を見に行くべきか……」
それとも一緒に行動するべきか。 そう思ったとき、背後からツッコミが入った。
「黄金聖闘士がうっかり気配を悟られたという手を使うなよ」
振り返ってみると、カノンがあきれ返った様子で自分のことを見ている。
「カノン……」
「やっと気がついたか」
「……?」
「さっきから呼んでいるのに全然反応が無いから、いよいよ思考が明後日の方向に飛んだかと思ったぞ」
このイヤミに、サガは反論出来なかった。

「ところで、海で何かあったのか?」
気を取り直して彼は弟に尋ねる。 相手は海将軍、その彼が聖域に来るというのは海の方で何かがあったのではと思えてしまうのだ。 サガにとって、弟が遊びに来たというのは考えにくかった。
「珍しい客を連れてきた。顔を貸せ」
カノンは付いて来いという仕草をする。
「いったい誰を連れてきたんだ?」
「……冥界三巨頭の一人、ガルーダのアイアコス。冥界で問題発生らしい」
それは意外すぎる名前だった。