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烙妖樹 その3


★★★
訓練所での騒ぎから二日後、エスメラルダは女官たちとともに町へと買い物に出かける。
今回の女官たちの目的は、先の戦いで在庫がほとんど無くなった薬草などを直接買いつけるものであった。 いつものように関係商人に注文をしていては、時間がかかるためだ。 とはいえ、緊急性の低いものや量の多いものは後日配達ということになる。
それと、たまに町から離れたところで開催される野外マーケットでは珍しいものが手に入ったりするので、町での買い物が終わると彼女たちはそっちへ移動すると言う。
「食べ物屋もありますから、食事もそこでしましょう」
今回の先生役である壮年の女官がエスメラルダに話しかける。 この外出は彼女の社会見学も兼ねているので、行程に少しばかり遊びの部分が入っていた。それを聞いてジュネは頷き、星矢は喜んだ。そして無理やり護衛のメンバーに加えられた邪武は星矢を睨み付けたのだった。

邪武が何故ここに参加しているのか。 それは星矢が今回の買い物ツアーで男が必要なのは荷物持ちのためだと、他の聖闘士達から知恵をつけられたからである。
ならばと当日の早朝、聖域で一番最初に会った青銅聖闘士の邪武を捕獲して参加させたのだ。
★★★
目的の野外マーケットはとても広かった。 店は多く何種類かの食べ物屋もあり活気にあふれている。このような光景を初めて見るエスメラルダは、自分が何処へ来たのかと戸惑っていた。
「それじゃ、食べ物屋を捜して場所を取っておくよ」
星矢はこのマーケットに知り合いがいるという女官の案内で、先に食べ物屋に向かうことにした。今回の買い物ツアーは総勢八名の大所帯なので、店の主人に食事をする場所を作ってもらうためである。
エスメラルダたちは少し遅れて店に到着してほしいと言われたので、寄り道をしながら見当をつけている目的地に向かうことにした。

「お嬢さんたち、これはどうかね?」
混雑している野外マーケット会場のとある店の前で、エスメラルダが通りすがりに話しかけられた。 その店には中身の入った大きなビンがいくつも並んでいる。 よく見ると乾燥させた木の実などを売っている店だった。
店主らしき老人が一人座っていた。彼はエスメラルダを見たあとジュネの方に視線を移す。 枯れ木のような老人の様子にジュネは何となく嫌な感じがしてならない。
「このお店では何を売っているのですか?」
女官の問いに彼は薬だと答える。煎じ薬、塗り薬、効果は痛み止めやら滋養強壮のものもあるとビンを指さして説明した。 そのあと、老人は横に置いてあった袋から小さくて可愛らしいビンを出す。
「若いお嬢さんには、これだね。惚れ薬」
店の雰囲気が一気に胡散臭くなった。 彼は蓋を開けると香水だといってエスメラルダとジュネの前で匂いをかがせる。 ほのかに甘い香りが漂った。
ところが何の拍子か、老人はビンを落としてしまう。 とっさにジュネがビンを落下中に掴むが、手に液体が何滴か付いてしまった。
「これは失礼」
そう言いながらも、彼はジュネの反応のよさに驚く。
「中身が飛び散らないで良かったです」
ジュネはビンを老人に渡すが、その手に触れたとき彼女はぞっとしてしまった。生きている人間としては、有り得ないほどの冷たさなのである。
「おい、星矢たちが探しに来たぞ」
少し離れたところで様子を見ていた邪武に促されて、三人は店から離れる。
星矢の声に他の店を覗いていた女官たちも、邪武の方へやってきた。
「おかしな店でしたね」
エスメラルダはジュネに話しかけたが、ジュネの方は老人の不気味さにもう一度店の方を振り返る。
老人は先程よりも小さく見えて、生気が感じられなかった。