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玲瓏 その5
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一刻も早く女神の安否を確かめたい。 直ぐにでも聖域に向かいたい。 しかし、ワシの中で何かが動くなと命じていた。 ワシには冥闘士たちを見張るという大事な役目が在る。 これは先の聖戦後、女神アテナより賜った使命だ。 |
次に起こるであろう聖戦の前に聖域が崩壊しては何にもならないが、向こうの正体が分からない状態で乗り込むのも危険だ。 迂闊な動きをすれば聖域の崩壊は確実に早まる。 それに、聖域から刺客が来ることを仮定した場合、まずは春麗をここから遠ざけなくてはならなかった。 ムウはワシの横に置いてある篭を覗き込む。 そして、すやすやと眠っている幼子に気付き、驚きの表情をした。 「この子は?」 慣れというものは有り難いモノで、春麗は大瀧の傍でも平気で眠る子になっていた。 「春麗と言って、縁あってワシの養い児じゃ」 ムウは籠の横にしゃがみ込むと、春麗の頬を軽く突っ付く。 春麗は突然の刺激に、眼を瞑りながらモゾモゾと動く。 「小さいですね」 「そうじゃ。まだ一才にもなっておらん」 「では、この子を置いていくのですね?」 置いていくのではない。此処から引き離すのだ。 ワシは首を横に振った。 |
「再び戻って帰れる保証は無いのじゃ。 この子は村人に依頼して遠くにやる」 シオンが連れてきた赤ん坊。 ワシに生きることの意味を思い出させてくれた大事な宝物。 「とにかく急がねば……」 ぐずぐずしている暇は無い。 ワシは無理やり決意を固めて籠を持とうとしたが、それよりも先にムウが籠を持った。 「老師。この子は師シオンに縁の在る子ですね」 気付いていたのか? 言葉を失ったワシの態度に、ムウは何かを察したようだった。 「師の隠し子ですか?」 いや、それは違う(と、思う……) 何が物凄い方向に話が向かいそうだったので、それだけは友の為に訂正しておくことにした。 |
「師シオンがロドリオ村の人から赤ん坊の遊ぶ道具を譲って貰ったと、人づてに聞いたんです」 それが何時しか隠し子にまで話が進んだとムウは言う。 「最初は、『老師が若い時に恋仲だった女性の子孫である人物が、曾祖母を認知してくれといってきた。 だが、実際はそのような事実関係はない。しかし、その人物は強引に曾祖母が遺言したからと言って、この子を連れてきた』という説が有力でした」 ……。 何処からそんな話が??? 「何じゃ。その妙に細かい与太話は……」 「聖域でもっぱらの噂でしたが?」 この時、ワシには噂の出所が分かったような気がした。 多分、シオンが噂をバラ蒔いたに違いない。 しかし、事実関係がないとは失礼な話を広めてくれたものだ。 この場合、シオンの気遣いも分からないわけではない。 とにかく天秤座の黄金聖闘士の傍に小さな子供が居る。 しかし、聖闘士はその子供を闘士にするつもりが無い。 旧友は部外者が煩いことを言いだす前に防護壁を作ってくれたのかもしれないが、それにしても設定が細かい……。 そして素直に感謝という気にはなれなかった。 あやつ自身の方で身に覚えが在るのではないかと勘繰りたくなる。 「とにかく、まずは春麗を──」 そう言いかけた時、ワシは何か妙な気配を感じた。 |