☆ |
|
| ☆ |
玲瓏 その4
|
「それで再び連れ帰ったのか!」 案の定、シオンが烈火の如くワシの事を怒鳴りつける。 だが、こちらから言わせて貰えば、真夜中に哺乳瓶とミルク缶を持ってやって来た奴が何を言うか。 するとシオン曰く、『直ぐに見つけられるか分からないから持ってきた』と言う事らしい。 この際、友からの贈り物はありがたく戴く。 さすがに若い頃、子供で苦労した人間は気遣いが違う。 「とにかく春麗が起きるから、少しは静かにせんかい」 「お、お前は名前まで……」 「可愛いじゃろ。 とにかく名無しでは村人も困惑するからな」 赤ん坊の為という大義名分は、シオンに対して効果てきめんだった。 「ワシは少しばかり向こうの様子を見てくる。 もうすぐ春麗が起きるからミルクを頼んだぞ」 腕に抱いていた赤ん坊を素早く渡す。 「!」 「夜は気温が下がるから、外には出るなよ」 何か言いたげなシオンを放っておいて、ワシは大瀧の方へ向かった。 さっきまで春麗を抱いてあやしていたからなのか、腕の中が空っぽで空気の冷たさを感じる。 ワシの中で何か変化が起こっているのだろうか? |
日中は村人に春麗を預け、夜は時差のお蔭で様子を見に来れるシオンに任せる。 冥闘士たちを封じている塔は、今は静かだった。 彼らが再び復活した時、春麗は闘いに巻き込まれるのだろうか? そう思うと手放さねばと考える。 あの子を安全な場所に……。 では、冥府の統治者である神ハーデスが地上への侵攻を再び始めた時、本当にこの世界に安全な場所があるのだろうか? 今の自分に出来る事は何か。 春麗との生活で、自分の迷いの霧が薄れていくように思えた。 小さな赤ん坊が改めて教えてくれた生命の温かさと優しさ。 そして 自分が闘う理由。 冷酷な神が地上に生々しい傷跡を作ろうというのなら、必ず阻止して見せよう。 残酷な者たちが暗黒の世界を作り上げようとしているのなら、その野望を打ち砕こう。 その為に自分が在るのなら、何度でも立ち上がれる。立ち上がって見せる。 |
とにかく慣れないながらも穏やかに時は過ぎる。 意外というか“やっぱり”と思うのが、シオンの親馬鹿ぶり。 五老峰へやって来てはワシに 「早く手放せ!」 と言って、その後春麗の世話をする。 一体、何をしに来ているのやら。 それに春麗には、自分が離乳食を食べさせるといっているのだから終わっておる。 「春麗はいい子だな」 その手つきは慣れたものだと言っていいものだろうか? だが、その姿を見て昔を思い出した。 若い頃、シオンはこうやって自分が保護した子供の世話をしていたのだ。 大抵しばらくすると子供たちは別の場所に引き取られる。 そしてシオンは子供たちがどうなったのかを知ることは無い。 黄金聖闘士がそのような雑事に関わることを周囲の者たちが厭うからだ。 『私と関わるのは、あの子たちにとって良いことだったのだろうか……』 先の聖戦直前、シオンは一度だけそう呟いた。 ワシは 『お主が保護しなければ、子供たちは死んでいたかもしれない。 それに、その問いはあの子たちにしか答えられん』 と言ったような気がする。 元々、聖域は戦場になりやすい。 そのような場所に聖闘士候補生以外の子供を居させるのは避けなければならない。 事実、あの直後に聖戦は起こった……。 離乳食を食べてご機嫌な春麗としばらく遊んだ後、シオンは弟子の待つジャミールへと戻った。 もしかするとシオンの問いは、この春麗が答えてくれるかもしれない。 ただ、それには後四〜五年は待ってもらわねばならないが……。 しかし、運命は皮肉な方向へと動き出した。 |
女神アテナの降臨の直後、シオンは二度と五老峰へはやって来なかった。 その代わりにワシと春麗の所へやって来たのは、シオンの弟子であるムウ。 彼の表情からワシは聖域で何が起こったのかを断片的に知らされた。 もう聖域に教皇シオンは居ない。 今、教皇の座に就いているのは恐ろしい敵。 そして射手座のアイオロスが反逆したという話。 ただ、女神アテナはどうなったのかが、ムウの話だけでは詳しい事分からない。 ワシは春麗を手放す時が来たのだと思った。 |