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玲瓏 その3
(此処は人里離れた場所だ)
しかし、近くに村が無いわけではない。
だが、最近は村にも近づいていないので、昔の知り合いが村に居るかどうか分からない。
「ふにゃぁ〜」
そんな子猫のような声を出した後、赤ん坊は火がついたかのように泣きだした。
「わわっ。泣くでない」
そう言いながらも、赤ん坊にワシの言葉が分かるわけが無い。
とにかく緊急事態ゆえ、村へと瞬間移動を試みた。
★★★

「仙人様!」
その言い方は止めて欲しい。
しかし、既に老人となっていた相手には姿の変わらないワシは確かに仙人かもしれない。
それこそ彼と初めて出会ったのは、数十年の前の話。向こうがやんちゃな少年の時だ。
最後に会ったのは十年以上前だろうか。

とにかく赤ん坊を預けられる人間について尋ねてみる。
だが、その前に泣き続けている赤ん坊の世話が先だと言って、隣に居た彼の奥方が赤ん坊を自分の家に連れて行ってしまう。
彼の説明曰く、最近、隣家の奥方が赤ん坊を産んだとの事。
彼女に任せれば貰い乳が出来るかもという話だった。
(この場合は村の女性たちに任せた方が良いかもしれない……)
そして、その判断は間違えていなかった。

★★★
乳を貰い、襁褓を替えてもらった赤ん坊は、安心したかのように眠る。
そしてワシはようやく、赤ん坊が女の子である事を知らされた。
「ところで、この赤ん坊についてなのじゃが……」
本題を切り出す。 何処か心が重い。
親について何か知らないかと尋ねていくうちに、真偽のはっきりしない噂話がゴロゴロと出てきて憂鬱になった。
「仙人様がお育てしては如何ですか?」
誰が言いだしたか分からない言葉にワシは動揺してしまう。
だが、赤ん坊を連れて村を出る時、何枚かの襁褓と大事に使われていた衣服を貰っていた。
★★★
こうしてワシは赤ん坊を預かる事になった。
長く続いた良く言えば平穏、悪く言えば時間の凍りついたワシの所にやってきた娘。
聖域を出てから初めて優しく温かい春風を感じたような気がした。