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彼のものは暗闇に潜む 3

 ジュネさんが騙されて連れてこられたのは、外国の小さな港町。
 僕はその地に到着すると、目的の場所に向かって駆けだそうとした。
 ところがすぐに誰かを見かけたような気がした。

「えっ?」
 気になる方へ目を向けてみると、そこにいたのは星矢。
 地元のであろう子供たちと何か喋っている。 彼もまた僕に気がついた。
「瞬! もう退院出来たのか」
 彼は駆け寄ると、僕の背中を何度も叩いた。
「星矢、どうしてここに?」
 何がなんだかさっぱりわからない。
「どうしてって、ジュネの護衛兼見張りに決まっているだろ。沙織さんから何も聞いていないのか?」
 ジュネさんの護衛? 見張り?? 話が見えない……。
「早く元気な姿を見せてやろうぜ」
 引きずられるように、僕はとある家に案内された。 ここには氷河もいるという。
「何で?」
「何でって、俺とジュネの二人暮らしと聞いて、瞬は落ち着いていられるか?」
 それは無理だ。だからといって氷河も一緒と聞くと、やっぱり落ち着かない気がする。
 ジュネさん、僕に幻滅して彼らの方に思いを寄せていたらどうしよう。

 そんな不安も家に着いたら消し飛んだ。
「瞬……」
 僕を姿を見たジュネさんはその場に立ち尽くし、そして手で顔を覆い泣き出した。
 昔みたいに抱きついてくれないので、今度は僕から彼女を抱きしめる。彼女は嫌がってはいない。よかった。
 それに結婚なんて嘘だったんだ。
 そこへ氷河が現れる。手には買い物袋を持っていた。
 彼が何かを言おうとしたとき、彼の後ろにいた見知らぬ老婦人が喜びの声を上げた。
「婚約者の方が迎えにきたのですね。お嬢様!」
 何がなんだかわからず星矢の方を見ると、彼は話を合わせてくれと言う感じのジェスチャーをしていた。

★★★
 老婦人の感激に満ちたマシンガントークによると、氷河とジュネさんは実家が金持ちという双子の兄妹で、星矢は氷河と僕の友人、そして僕はジュネさんの婚約者ということになっているらしい。
 嘘の中に真実が散りばめられている内容なので、ちょっと混乱する。
 そして今回、ジュネさんに横恋慕した男によって僕が負傷したそうだ。実際にそんな男が登場したら、返り討ちにするつもりだけどね。
 とにかく婚約者の怪我でお嬢様であるジュネさんを氷河と星矢が安全なこの家に避難させたというのが、老婦人の方に伝わっている情報だった。
「無関係の人に本当のことを言うわけにいかないだろ」
 しかもこの老婦人、この借家の大家さんなのだが近所に住んでいる。 ということで自分がいた方がジュネさんも安心だろうと言って、しょっちゅうやってくるそうだ。
 神秘的な双子の兄妹という状況が、この老婦人のツボだったのかもしれない。
「ジュネさんの力になってくれて、ありがとうございます」
 僕が礼を言うと、老婦人は目を潤ませて「お嬢様、良かったですねぇ」と喜んでくれた。 いい人かも。
 ただ、この人がなかなか帰らなかったおかげで、僕らがこの事態について話をするのは夜になってしまった。
★★★
「今回の一件は、嘘と事実と策略が錯綜していて、私にも全体像がよくわからないの」
 夕食の後、ジュネさんは僕にそう言った。
「瞬の名前で私を他の人のところへ嫁がせるという命令書を見たとき、頭が真っ白になって……」
「なんでそこで僕を問いつめないの! 僕のこと、そんなに人でなしだと思っていたのか」
 思わず声を荒げる。ジュネさんはごめんなさいと俯いてしまった。そこへ口を出したのは星矢だった。
「そんなに怒るなよ。そもそも瞬がちゃんと意志表示していれば、こんな事起こらなかったんだからな」
 ……。 図星な意見に、僕はそれ以上怒れなくなった。
 確かに僕は迂闊すぎた。 あの文官たちは‘僕がジュネさんの扱いに手を焼いている’と思いこみ、僕の憂いをなくすということを大義名分にしてしまったのだ。聖域という特殊環境で隙をつくったのは、まぎれもなく僕。
 このとき、ずっと黙ってコーヒーを飲んでいた氷河があきれたように僕を見る。
「瞬はジュネ以外の看病を受け付けないのだから、お互いにもう少し話し合えばこんな面倒なことにはならなかったんだ」
 えっ? どういうこと??
「氷河!」
 星矢は明らかに慌てている。そしてジュネさんは俯いていて、僕の方を見ない。
「何の話?」
「ジュネの聖域での評判が一部で悪いのは、瞬が入院する度にジュネが日本へきて看病して、今度は自分が倒れている所為だ」
「えぇっ!」
「どんな因果関係か知らないが、ジュネはお前が回復すると同時に入院というパターンを繰り返している」
 ぜんぜん知らなかった。
「それ、本当なの!」
 するとジュネさんは一応、違うと言った。 自己管理が出来ていない所為だから、僕は関係ないと言う。
「ジュネもあまり瞬を甘やかすな。今回、瞬の回復がひとり遅れたのは、沙織さんが本当かどうか実験のためジュネをここへ閉じこめたからだろ」
 もう既に聖域の文官が行った策略なんて吹っ飛んでしまった。知恵の女神を出し抜くなど、もともと不可能なこと。 ゆえに彼らは最初から利用されていた。
 沙織さんは彼らの計略を利用して、僕とジュネさんのことを試していたんだ。
★★★
「ごめん、ジュネさん」
 すごい自己嫌悪に陥る。
「瞬が気にすることないのよ」
「自分のバカさ加減に呆れる……」
 なんだか目眩がしてきた。
「瞬? 顔色が悪いわよ」
「なんだ。治りきってなかったのか!」

 このあと僕は情けないことに倒れてしまった。