彼のものは暗闇に潜む 2
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気分はさっきよりも良い。時計を見ると眠ってから一時間くらいしか経っていなかった。 |
「瞬、何ですか」 沙織さんは僕の不作法を咎めつつ、何処か平然としている。でも、二人の客人は怯えたように僕のことを見ていた。 「ジュネさんが結婚って……誰と?」 僕の問いに沙織さんは客人の方を見た。 「どうやら瞬は先の戦いで記憶を少々失っているみたいですね。あなた方から説明をしてあげてください」 そう言って彼女は席を立とうとする。もう自分には関係ないという雰囲気だ。 客の方は慌てふためき、しかも席を外して床に座り込んで僕に対し手を合わせて謝っている。 「お許しください」 許すも何も、僕には何がなんだかわからない。 沙織さんの方はというと、再びソファに腰掛けてくつろいでいた。 「この二人は、あなたの命令でジュネを他の男性に売り飛ばしたのですよ」 ……えっ? 何を言われたのか、さっぱりわからない。 「ジュネさんを……売り飛ばすって」 「女神アテナの聖域入りを邪魔した者として、カメレオン座の青銅聖闘士ジュネに罰を与える。あなたが発行した命令書。覚えていないのですか?」 何だよそれは……。 「そんな命令、僕は知らない!」 怒りのあまり二人を睨みつける。 だけど何よりも怒り狂いたいのは自分自身に対してだ。 ジュネさんの身に大変なことが起こっていたのに、僕は何も知らなかったのだ。 |
彼らがジュネさんを騙して金にしようとしたきっかけは、あの聖域の混乱期に起こったという。 初めて聖域に乗り込むとき、僕はジュネさんを気絶させてこの城戸邸に置いていった。そして彼女が意識を取り戻し聖域に戻ったときには全てが終わっていた。 このときにジュネさんは、女神アテナの聖域入りを邪魔した反乱分子の疑いありと誤解されたのだ。 実際は僕が実力行使で邪魔したのだけど……。 とにかく直ぐさま聖域に現れなかったことも悪い方へ作用する。 だけど、その理由についてジュネさんは何も弁明しなかったそうだ。 続けざまに海皇ポセイドンと海将軍たちとの戦いに入り、そのときもジュネさんは動かなかった。 いよいよもって高まる僕の名声。姉弟子であるジュネさんには悪名だけが残った。先生や兄弟子たちが生きていれば情報の修正が出来たけど、それはもう無理な話。 ジュネさんは追いつめられる。 そして聖域の文官職に就いていた彼らは聖闘士であるジュネさんを金に換えることにした。 彼らの中でジュネさんは、品行方正で勇猛果敢と思っている僕が扱いに手を焼いている姉弟子にしかみえない。 ならばと合法的に聖域から引き離すことにしたのだ。 彼らには最初から僕の気持ちは考慮の対象外。これからいくらでも美しい女性を得られる聖闘士が、わざわざ凶暴(と思われているよう)な女聖闘士を恋人に望むなど信じられないこととまで言った。 何だ、そのジュネさんや他の女聖闘士たちを侮辱するような弁解は! 内容の気持ち悪さと怒りに暴れたくなる。 「あなたたちを許さない……」 よりにもよって僕の名を使ってジュネさんを他の男性に与えるなど、いったい何様のつもりだ! 「彼女を何処へ連れて行ったんだ」 僕の怒りに絶体絶命であることを悟ったらしく、彼らは簡単に喋った。 |
それと同時に、隣の部屋から邪武と那智が現れる。どうやら隣の部屋に詰めていたらしい。 「この二人については背後関係も調査して厳罰に処します」 そう言って沙織さんは部屋を出ていく。 女神アテナが厳罰に処すと言ったことで、彼らの運命は決まったも同然だった。 だけど同情はしない。 「ほら、さっさと行け。こいつらは絶対に逃がしはしない」 邪武の言葉に僕は安心して部屋を出た。体調云々なんて言ってられない。 彼女を迎えにいくんだ。 もし、結婚していたら……。 そいつから奪ってみせる! |