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彼のものは暗闇に潜む 4

「それでジュネに看病してもらったのですね」
 三日ほど療養したあと日本へ戻った僕は、沙織さんにチクリチクリと苛められた。先に戻った星矢たちがいろいろと報告をしてくれたらしい。
「でも、今回はジュネさんは倒れませんでしたよ」
「当たり前です。ジュネがすぐに聖域に戻れなくなったりするのは、日本で風邪のウィルスに感染するからです」
 その説明に僕は思いっきり納得した。ジュネさんはその環境上、幼い頃にワクチン注射などを打っているわけではない。そのため初めて日本へ来たとき、ジュネさんは城戸家のメイドさんの風邪をもらってしまい、大変だったそうだ。それもこれも僕が彼女を気絶させたまま城戸家へ置いていったのが原因だ。
 その後も僕の看護などで日本へ来ると、ワクチンなどの予防策を取っていても彼女は体調を崩して入院ということを繰り返している。
 この洒落にならないパターンに、さすがに沙織さんもジュネさんを日本へは呼ばないようにしたいのだが、今度は僕の方に問題があった。
 ジュネさんの看護でないと、僕の怪我は治りが遅いのだ。
「瞬は気がついていなかったみたいですが、ジュネがそばにいないと意識が緊張を示すのです」
 病院か何かに対してものすごい警戒しているということらしい。しかも回復の兆しが見えない。
 ぜんぜん覚えていないけど。
 でも、ジュネさんが「大丈夫、みんなは味方だから」と言うと少しずつ症状が安定して回復も早いので、誰も僕から彼女を引き離せなかったそうだ。

★★★
 ということで、今回は沙織さんの策略で僕とジュネさんは別々にされた。
 その結果、聖域関係者とかどこかのグラード財団の関係者とか、はたまたなんだかよくわからないけど沙織さんの許可した女性とか看護師さんとかが、ジュネさんと同じことをやったのだけど、誰一人として僕の緊張をといた人はいなかった。
 実験に参加した人の人数を聞いて目眩がしそうだった。最初の五人くらいでやめてほしい。

「結局、自力で治すのを期待するよりも、早くに回復手段を行う方が体の負担は少ないということがわかりました」
 変な実験さえしなければ、もっと早くに治ったのでは?
 でも、それは言わないことにしよう。一度犠牲になっておけば、もう僕からジュネさんを引き離そうとする人間は出てこないだろうから。
 それにしても、なんで沙織さんは僕らの恋を守ってくれたのだろう?
 どうしても気になったから聞いてみる。
 すると彼女は顔色を変えずに教えてくれた。
「貴方がジュネを売り飛ばそうとした者たちに慈悲をかけるかどうか、見てみたかったのです」
「えっ?」
「もし慈悲をかければ、いずれ聖域の人は私の判断よりも瞬の意見を尊ぶでしょう」
 人は自分にとって都合のいいトップを置きたがるからって言うけど、何か前提がおかしい。何で僕がジュネさんに酷いことをした奴らを許すと思ったんだ?
 僕の不満を沙織さんは素早く察した。
「瞬はジュネについて無関心だと思っていました」
 それは違う! こっちには表沙汰には出来ない事情があったんだ!!
 だって露骨に関心があることが知られたら、それこそアンドロメダ島では逃げ場がない。ジュネさんに警戒されるか、兄弟子たちの監視が入ることになる。
「無関心の振りをしないと、想い続けることを許してもらえなかったんです」
 すると沙織さんは「冥王と似ていますね」と言った。
 似ているのか?
 そう言えば夢の中で冥王にも同じようなことを言われたような気がする。
★★★
「とにかく僕はジュネさんに害を成そうとする者は絶対に許さない。沙織さんの与える罰が生ぬるかったら、僕が代わりに動きます」
 こんな事が二度と起こらないように、それ相応のことはさせてもらう。たとえ僕に悪名が付こうとも、それで彼女を守れるのなら本望だ。
 ところが沙織さんは厳しい表情になった。
「私は味方を売るような者を許すつもりはありません」
「……」
「そこまで腐敗した聖域なら、なくした方がましです。ですが、それでも聖域を信じ一縷の望みを託す人がいるのなら、私はその悪しき部分を強硬手段をもってしてでも取り除きます」
 このとき僕は沙織さんの覚悟に感動してしまった。
 女神アテナは百年後も、千年後も、ずっと人々を邪悪な存在から守る覚悟でこの地上に降り立ったのだ。
「ところで瞬、あなたが起きたときにそばにいた少女ですが、聖域に問い合わせたらそのような少女はいないそうです」
「えっ?」
「あなたが起きたときに部屋に入った医者や看護師の話では、そのとき部屋には誰もいなかったと言っています」
「……そんな」
 では、彼女は誰なんだ?
 僕は首を傾げたが、彼女の方は用事は終わったとばかりに席を立つ。

「ありがとうございました」
 僕は頭を下げる。
 沙織さんはそのまま部屋を出た。
★★★
 部屋に戻るとアンドロメダ座のパンドラボックスが目に入った。
 ごめん、今回は置いていってしまったね。
 僕はボックスに触れた。
 心配をかけて本当にごめん。ジュネさんは取り戻したよ。
 そう報告しながら、僕は星矢たちがいなくなった後の事を思い出した。
 部屋には誰もいないから、自然と顔が赤くなる。

 今度はちゃんと自分の気持ちを言ったし、行動も起こした。これからは迷わないでくれるはずだ。
『瞬……』
 僕の名を呼ぶジュネさん。あの日の出来事を思い出すと、今でも嬉しくてドキドキする。
 これが他の人にバレたらお小言を貰いそうだ。絶対に。
 アンドロメダ島で、気持ちを隠す訓練をしておいて良かったかもしれない。
 このとき不意にパンドラボックスが開いた。 そして仄かに消毒薬の匂いがしたような気が……。
 あれっ、もしかして? 病院にいた女の子の正体は。

 ボックスの中でアンドロメダ座の聖衣が、緊張しているかのように見えた。

〜了〜