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彼のものは暗闇に潜む 1

 暗闇の中に神がいた。
 彼の手には小さくて柔らかな光がある。
(冥王……?)
 僕はその神を知っている。
 でも、今の彼に闘っているときの厳しい表情はない。愛おしそうに小さな光を見つめていた。
 そして視線をこちらの方へ向ける。

『アンドロメダか……』
「……」
『そなたも同じだな』

 言葉の意味が分からず、僕は聞き返そうとした。
 ところが周囲が急に明るくなった。冥王の姿が消える。
「待って!」
 そう叫んだとき、僕は目を覚ました。

★★★
「大丈夫ですか!」
 女の子が僕の顔をのぞき込む。誰だ?
 そこへ別の女性が部屋に入ってきた。 看護師? するとここは病院なのか?
 次々と人がやってきた。
 僕は自分がどうしてここにいるのかを思い出す。
 そうか、戦いは終わったんだ。
「みんなは! 兄さんは無事?」
 僕の問いに女の子が答えた。
「みなさん、ご無事です」
 すると医者の男性が言う。
「他の人たちはもう退院している。君が一番最後だ」
 僕は再び目を閉じた。みんなが無事なら、それでいい。とても眠たい。

 次に目を覚ましたときの気分は最悪だった。身体を思うように動かすことができない。とにかく気持ち悪い。いったい僕の身体に何が起こっているんだ。
 女の子は何をするわけでもなく、ただ僕に付き添っている。話を聞くと聖域から派遣されてきたそうだ。
 知っている人物ような気がするけど、何度考えてもやはり思い出せない。
「聖闘士様のお世話をしに参りました」
 女の子は誇らしげだったけど、僕は正直言って有り難迷惑だと思った。
 それに僕の中で何かが警戒せよと言っている。
「……あとは一人で出来るから、聖域に戻っていいよ」
 しかし彼女は首を横に振る。
「アンドロメダ様から離れてはならないと言われました」
 真面目に言う彼女に僕は驚いた。
★★★

 女の子の隙をついて僕は病院を抜け出し、城戸家へ駆け込んだ。
 沙織さんがいるかどうか分からないけど、とにかくこの異常な事態を知らせないと!

 運良く沙織さんは城戸の邸宅にいてくれた。まったく、この女神様は……といいたいけど、そんな気力が湧かない。
 それよりも僕を見て、一瞬表情がきつくなったような気がする。
「何故、病院を抜け出したのですか」
 強敵から助け出した女神様は、いつも通りだった。労いの言葉を期待しているわけではないから別にかまわない。
「あのまま……病院にいたら、変な……噂を立てられます」
 それだけを言うのが精一杯だった。とにかく身体が震える。
「噂? 数々の戦いを勝ち抜いた貴方が、今更、何を恐れることがあるのですか」
 何を言っているんだ、この女神様は! 話が根本的に通じていない。
「誤解されるのはイヤだ」
「誰に?」
 その言葉に僕はイライラした。
「誰にって……、星矢たちとか、兄さんとか……」
 すると沙織さんは僕の顔をじっと見た後、手に持っている書類を読み始めた。
 なんだか僕の話に興味を失ったみたいな気がする。
「あぁ、そうですね。面倒なことになるのはイヤかもしれませんね」
 やっぱり、返事がおざなりだ。
「沙織さん!」
 思わず大声を出した。頭がクラクラする……。立っていられなくなって、しゃがみ込んだ。
「……瞬、今回の聖域の暴走は貴方の潔癖さに免じていったんは手を引かせます」
「あ、ありがとう……」
「でも、聖域側が優秀な聖闘士の血を残したいと願うのは仕方のないことです。次は貴方が一人で対応しなさい」
「……わかりました」
 強くなれば、それだけ周囲は次の世代にも期待をする。理屈としては分かるけど……。
 よもや自分の身に降り懸かるとは思ってもみなかった。

 部屋から出ていこうとしたとき、沙織さんが僕を呼び止める。
「瞬」
「なん……ですか?」
「今回は回復が遅いみたいですね。以前、使っていた部屋で休んでいなさい」
 僕は沙織さんに礼を言うと、日本に居るときに使っていた城戸家の一室に向かった。
 そこはメイドさんたちが時々掃除をしてくれているということで、とても綺麗だった。
 一応、部屋に鍵をかける。今は誰とも会いたくはない。ベッドの上に横になる。
「なんて日だ……」
 部屋にはアンドロメダ座のパンドラボックスが置かれていた。
 不愉快な疲れを感じたまま、僕は眠った。

★★★
 どこかで声が聞こえる。
 誰かが許しを乞うているらしい。
 しかし、相手の怒りは収まらない。

『何故、勝手ニ!』


 はっきり聞こえてきた声に僕は目を覚ました。