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光る花 その2
そして夜中の12時。 ユリティースは聖域の外の荒野に立っていた。
満天の星が美しく輝いている。
「それじゃ、あたしは隠れているよ」
そう言って蛇遣い座のシャイナは岩影に移動する。
オルフェは所用があって女神アテナのいる日本に行っているのだ。
無視をしようかとも思ったが、やはりそれは出来なかった。 それに彼の目的がよく判らない。
どうしようかと悶々としていた時に、声をかけてくれたのがシャイナだった。
シャイナはユリティースの頼みに最初は驚いたが、相手が相手だけに無視をしろとも言えず、 事態の見届け人として一緒にいる事を承諾した。
(しかし、いったい何が起こるんだろうか……)
そしてシャイナは気配を隠す。

しばらくして、ワイバーンの冥衣をまとったラダマンティスが闇の中から現れたのだった。
★★★
その物々しい雰囲気に、ユリティースは一瞬たじろぐ。
「こんな時間に呼び出して悪かったな。
こいつを昼間に連れ歩くわけにはいかなかった」
そう言って、彼はワイバーンの冥衣を外す。
「ワイバーン……君」
ユリティースは自分を見つめる闇色の翼竜を見た。
「こいつがお前に会いたがっていた。 あの時は敵と味方に別れたからな……」
ユリティースは驚きのあまり、目を見張った。
「俺が居たのでは、落ち着かないだろう。 少し離れさせて貰う」
ラダマンティスはそう言って、その場から離れる。
この会話を聞いていたシャイナは、自分の事を言われたのかと少々緊張した。
★★★
自分の主を見送った後、ワイバーンはユリティースの方を向き両方の翼を大きく広げる。
雄々しい姿に、彼女は懐かしさを感じた。
「元気そうね」
彼女はそう言って両膝をついて、視線をワイバーンに合わせる。
「ワイバーン君。触っても良い?」
『……』
頷く仕草を了承と受け取った彼女は、恐る恐る冥衣の身体に触れた。
「あの時は色々と、ありがとうね……」
『……』
「ワイバーン君のお陰で、オルフェが居ない時でも怖くなかった……」
そして彼女はワイバーンの冥衣にそっと抱きつく。
「やっと、お礼が言える……。
ご主人様にも伝えてね。 お陰で、冥界に居た時に悪しき存在に酷い目に遭わされずに済みましたって……」
『……』
ワイバーンは嬉しそうに頷いた。
★★★

ワイバーンはユリティースが花畑に居た時、何故そこに光があるのか不思議だった。
だから、勝手に動き回れる時は、よく花畑の傍まで近付く事があった。
でも、琴座の聖闘士がいるので、本当に遠くから眺めている程度だった。

ある時、琴座の聖闘士が冥王様に琴の音を聞かせる為に不在した時、 彼女のいる花畑に、どこからやってきたのか低俗な霊魂のようモノがやって来た。
それは魂と言うよりも残留思念の様なモノだったので、冥闘士たちで管理すべきものでは無い。
それが身動きの取れないユリティースに襲いかかろうとしたのである。
ワイバーンはとっさに花畑に入り、残留思念の固まりを打ち砕く。
それがユリティースとワイバーンの冥衣の初めての出会いだった。

この一件は他には知られなかったが、自分の主人であるラダマンティスには直ぐにバレた。
だが、彼は
「オルフェがハーデス様に謁見する日に、俺がパンドラ様に呼ばれる事はないのだから好きにしろ」
と言って、黙認してくれた。
だから、オルフェが居ない日は、ワイバーンが彼女を守っていた。
ユリティースに降り注ぐ光は、とても優しい。 太陽の光とは違う。
それだけはワイバーンには判った。

ユリティースも、この事はオルフェには秘密にしていた。
残留思念に襲われたと知ったら、オルフェが何か危険な事を仕出かすのではないかと、それが心配だったからである。
それに心優しいワイバーンが何らかのお咎めを受けるのは、絶対にあって欲しくなかった。

今、地上は真夜中で、星の明かりしか無い。
なのに、 やはりワイバーンにはユリティースから光が見えていた。
それは無垢な魂の輝きなのだと、彼は納得する。