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そのままの君でいて〜春麗18歳〜 その11

五老峰の方では、シオンが勝手に休暇届を聖域にいる二人の教皇代理に提出して、思い出の訓練生生活を満喫していた。
若い時に童虎の相手をよくやっていたので、彼としては非常に楽しいらしい。
「おぬし、本当に聖域の仕事は良いのか?」
童虎は喜々としている親友を見て、不安を感じていた。
「何、私がここにいては邪魔か?」
「そうではない。ワシは助かるが、教皇としての仕事は大丈夫なのかと聞いておるんじゃ」
そこへ春麗がお茶とお茶菓子を持って、部屋に入ってくる。
シオンは優しい笑みを浮かべながら、春麗の差し出すお茶を受け取る。
「聖域にはサガとアイオロスがいる。
隠居直前の人間を引っ張りだすような奴らではない」
シオンはそう言うが、これは無駄なく鍛えられた身体を持つ青年が言う台詞ではない。
しかも彼は先程まで、軽い運動と称してトンファーを使っていたのである。

★★★
その時、三人の元へ来客アリ。 その人物とはアイオロスだった。
「人がせっかく褒めたのに、タイミングの悪い奴だな」
シオンの意味不明の言葉に、アイオロスは首を傾げる。
「教皇シオン。青春満喫中申し訳ありませんが、聖域にお戻り下さい」
その真面目な表情に、三人は何事かが発生したのだと察した。
「何かあったのか」
シオンは厳しい表情になる。
アイオロスは一呼吸置いた後、静かに答えた。
「実は三巨頭の一人、ガルーダのアイアコス殿と海将軍の一人、海馬のバイアン殿が来ているのです」
「冥界と海に何かあったのか?」
「いいえ。我々がいきなり武術訓練を始めたので、向こうが確かめに来たようです」
しかも、海の方に至っては海竜のカノンを実兄のサガがつかまえて、他の黄金聖闘士たちのように強制参加させていた。
★★★
今回、カノンは『また妙なことをやりはじめたな……』と思いながら聖域へ向かった。
その時、他の海将軍は聖域に行ったのだから心配することはないとばかりに、そのまま放っておこうと考えたのだが、聖域のトラブルに巻き込まれたのかもしれないと人魚姫のテティスが心配するので、様子を見にバイアンがやって来たらしい。
アイアコスの方もまた仲間の一人が騒ぐので、というのが理由だった。
その煩い仲間を聖域に派遣して余計に騒ぎが大きくなる方が、彼らには面倒な事だった。
どちらもヤル気のない事この上ない。
「本当のことを話すのも問題がありますので、一応、自己鍛練の延長線上だと言っておきました」
実際、黄金聖闘士たちは武器の使い方が下手なので、教えているとは言えない。
彼らにもプライドというものがある。
「ですが教皇本人が老師と訓練生のような生活をしている事が向こうに知られたら、不信に思われますから、あの方達に挨拶をして下さい」
「判った判った」
シオンはあからさまに嫌そうな表情をして椅子から立ち上がると、また来ると言ってアイオロスと聖域に戻って行った。
★★★
「老師……。シオン様、運動服を着たまま帰られましたね」
「あのまま会わなければ大丈夫じゃ。
それに奴は、服を返すと言う口実で、再びここに来るつもりなんじゃ」
親友の考えている事は全てお見通しだとばかりに童虎は笑う。
春麗もそんな二人の友情を理解して、微笑んだ。
そして彼女はシオンの使った茶碗を片付けようと持った瞬間、腕に痛みが走り、茶碗を落としてしまう。
「どうしたんじゃ?春麗」
そう言いながら娘の方を見て、童虎は驚く。
春麗がその美しい表情を苦痛に歪めて、倒れようとしているのである。
「春麗!」
彼は咄嗟に春麗の事を抱き留めた。