そして翌日、ムウは解毒剤だという薬を持ってきた。
「随分、早いのう」 確かに早いにこした事は無いが、翌日というのは幾らなんでも早すぎる。 童虎は思わず疑いの眼差しを、ムウに向けてしまった。
「老師がお疑いになるのは無理もありませんが、今回は紫龍のお陰で助かりましたよ」 彼は楽しそうに笑う。 紫龍はその言葉に、何となく嫌な予感がした。
「紫龍がどうしたのですか?」 春麗は好奇心で目をキラキラさせて、ムウに尋ねる。 「実はですね。ヂパングではあまり収穫がなかったので男態山の麓まで行ったら、本来いるべきの猛者たちが全員日本へ旅行に行
って留守だったのです」 それを聞いて紫龍は血の気が引いた。 しかし、ムウはそんな彼の方を一瞥して少しだけ含み笑いをした後、話を続けた。
「でも、祠守をしているタンショウレンバンステークス氏が『紫の字とその友人には敬意を払え』という有り難い伝言を残しておいてくれたので、残っている人たちから色々な情報や伝承を速やかに聞くことが出来ました」
何処まで信じて良い話なのか童虎は少々考え込んでしまう。 だが、解毒剤が本物である事は信じる事が出来た。 ムウは春麗の事に関しては、いい加減な事はやらない。
(何にしても、有り難い) 彼は娘を助ける為に協力してくれた人々に対して、心の中で感謝した。 しかし、紫龍はムウの話にトドメを刺されたかのように、動かなくなってしまう。
(……しばらく日本へは行かないぞ……) 行けば当分ここには戻って来れない。そんな気がするのである。 「紫龍、どうしたの?」 春麗は自分の隣で青ざめている少年を見て、首を傾げる。
「春麗。紫龍にお礼を言いなさい。 彼の友人の協力が無かったら、こんなに早く解毒剤は作れなかったのですよ」 明らかにムウは笑っていた。
しかし、彼女は自分の為に紫龍の友人たちが協力してくれたという言葉に感動している。 「紫龍。私、凄く嬉しい。 今度その方達にお礼が言いたいわ。
紹介してくれる?」 だが、紫龍は慌てて首を横に振った。 「……いや、俺の方から言っておくよ。 彼らは漢の道を究める為に、日々修行を続ける人たちだから、俺も滅多に会えないんだ」
全然会う気は無いのだが、一応彼女の前で見苦しい態度は取りたくないので、彼は優等生的な返事をする。 「そうなの……」 春麗は残念そうに下を向く。
しかし、その時紫龍は見てしまった。 ムウが自分に向かってこの上もなく優しい笑みを浮かべているのを……。 (何だ。この悪寒は……)
紫龍は部屋の気温が10℃くらい下がったような気がした。 |