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そのままの君でいて〜春麗18歳〜 その4

「……こういうわけで、お二人には恋人がいるという疑惑が持ち上がっています。
よもや春麗の誤解ではなくて、本当にいるのなら今正直に話して下さい」
晴天の霹靂のような話に、童虎は飲んでいたお茶にむせ返り、紫龍は呆然としてしまった。
「何でそうなるんじゃ!」
別にムウが悪いわけではないのだが、童虎は思わず彼に詰め寄ってしまう。
紫龍に至っては春麗に誤解されている事が辛いのと、ムウにのみ彼女がその胸の内を語った事が悔しい。
「春麗に本当の事を話す!」
紫龍は立ち上がったが、いきなりムウに髪を引っ張られてしまう。
「待ちなさい! 本当の事を言っても、春麗は何も覚えていないのです。
覚えていない事を真実だと話して、今度はそれを忘れている彼女を責めるつもりですか!」
ムウの一喝に紫龍はうろたえてしまう。
本当に悔しいが、ムウの言っている事の方が筋は通っている。
こんなにも取り乱した自分では、言葉で彼女を傷つけかねない。
「とにかく誤解は誤解じゃから、居もしない人間の事で悩むのは止めるよう言うしか有るまい」
やれやれと言いたげに、童虎は立ち上がる。
「全員で行くと春麗が混乱するかもしれん。ムウと紫龍は後から来てくれ」
彼はそう言ってそのまま家へ向かった。

★★★
憮然としながら師匠のお茶の道具を紫龍は片付ける。
とは言え、彼女の不安な心に対して、何もしなかった事は反省しなくてはならない。
春麗の溜息の原因は、自分が彼女に服の事を黙っていた事。
だが、説明しづらい事をどう納得させれば良いのか。
(さっさと処分すれば良かった)
彼女が作ってくれたものゆえに、手元に置いておきたかった気持ちが今回は完全に裏目に出たのである。
★★★
家に戻った童虎は春麗を呼ぶ。
「老師……」
「ムウから話は聞いた。 春麗は何か思い違いをしておる。
ワシも紫龍も春麗に対してやましい事などしておらん」
ある意味嘘を言ってはいるが、さすが年の功である。彼は完璧にシラを切った。
「では、あのハンカチや紫龍の服は……」
「春麗の知らない所でちょっとした騒ぎがあってな。 その時の来訪者が、あのハンカチと服を作ったんじゃ。
だが、もうあれはここへは来ないじゃろう」
童虎はわざとらしく、春麗から視線をそらす。
それはまるで思い出すのも辛い話をしているかのような印象を与える。
(老師……)
彼女は自分が誤解していた事を知り安堵したが、老師に辛い話をさせてしまった事を申し訳なく思った。
実際、童虎はあの時の事を思い出すのは辛かった。
何せ彼は、モーレツオトメ現象にかかった春麗に延々と『アルプス一万尺』で遊ぶ事と、子供の頃に歌っていた歌を『一緒に歌う事』を強要されて続けていたのである。
「老師、ごめんなさい。 勝手に恋人がいるんじゃないかと疑ったりして……」
春麗はそう言って養父に抱きつく。
今でこそ老師の体格は変わってしまったが、その優しい眼差しは変わらない。
春麗は安心したように、彼に甘える。
★★★
そして家に戻ってきた紫龍は、二人のそんな遣り取りを見て硬直していた。
「なんじゃ。戻っていたのか」
娘と和解できて、童虎は心が晴れ晴れとしているが、紫龍の方は表情が強張っている。
「紫龍。何を老師に嫉妬しているのですか。 娘が父親に甘えている微笑ましい光景でしょう」
ムウに肩を叩かれて、紫龍はようやく我に返る。
そこへ春麗が嬉しそうに近付く。
「ムウ様。心配をかけてごめんなさい」
頬を染めながら礼を言う春麗に、三人の聖闘士は奇妙な空気を感じた。
(何で春麗が恥じらう?)
いくら鈍感な人間でも今の春麗がムウに対して何か恋心を持っているように見えるくらい、彼女はウットリした様子で牡羊座の黄金聖闘士を見ている。
しかし、さすがにムウだけは冷静だった。
(もしかして……)
彼は持っていた『軟弱ヲトコ茸の丸薬』の入った袋を紫龍に渡す。
すると、今度は誰も何も言っていないのに、春麗は紫龍の方を向いたのである。
そして彼女は小さく何かを呟いたあと、慌てて台所へ行ってしまった。
「やっぱり……」
ムウは自分の予想が当たった事に満足していたが、再び春麗が異常行動に出た事に、五老峰師弟は彼を問い詰める行動に出た。
「ムウ。今度は春麗に何をしたんじゃ!」
紫龍に至っては、技を繰り出そうとしている。
そこへお茶の用意をした春麗がやって来て、驚きのあまり湯飲み茶碗を床に落とした。
「紫龍、やめて!」
そして何と、紫龍の背に抱きついたのである。
「し、春麗??」
「お願い。ムウ様と争わないで!
あなたに何かあったら、私……」
いきなり告白されて、今度は紫龍の方が驚き、顔が赤くなってしまう。
「なんじゃこれは……」
「老師も紫龍も落ち着いて下さい。
春麗は紫龍の持っている袋に入っている丸薬の匂いに反応しているんですよ」
★★★
軟弱ヲトコ茸は、どうも特殊なフェロモンを放出する茸らしかった。