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そのままの君でいて〜春麗18歳〜 その2

さて、その希有な人材の一人がいる五老峰では、本人である龍星座の紫龍がある出来事に頭を悩ませていた。
(春麗の様子が奇怪しい)
師匠である天秤座の黄金聖闘士である童虎の養い子で、紫龍にとって何よりも大事な少女が、物憂げに溜息を付く事が多いのである。
一度尋ねては見たが、憂いの眼差しで 「何でもないの」 と言われると、それ以上聞く事が出来ない。
師匠に至っては、
「女の子の悩みは、わしらではどうする事も出来ないものも有る。 春麗が話してくれるまで、待つしか有るまい」
と言って、見守る事に決めたらしく頼りにならない。
(まさか、モーレツオトメ現象の反動では!)
紫龍はその時の騒ぎを思い出して、少々顔が青ざめた。

★★★

先日、春麗は女HO山にあるという幻のヲトメ茸というものを口にしてしまい、 ヲトメ茸中毒の顕著な症状であるモーレツオトメ現象というものにかかって、家中の布製の物にフリルと可愛らしいアップリケを付けまくった。
その神業的な速さと正確さと精密さに、
「光速で針を動かしていたように思える」
と、後日童虎が回想したくらいである。
このエネルギーの無駄遣いのような症状を治すには、男態山に101年に一度現れるヲトコ茸を食べさせなくてはいけない。
しかし、その山は世界の漢たちが漢道を究める為に修行を行う聖山だった為、それなりの巡礼装束に着替えないと入山が
事すら出来ない。
(思い出すな!)
その時の事が脳裏に蘇りそうになって、紫龍は慌てて首を横に振って考えないようにした。
そして彼は深い溜息をつく。

★★★
そんなこんなで紫龍の努力により春麗はヲトメ茸中毒から回復したのだが、やはり後遺症のようなものが残った。
春麗はモーレツオトメ現象の時の記憶がほとんど無いのである。
その為、症状の治まった彼女には何故フリルのハンカチやら、可愛らしいクッションが何故家にあるのか判らなかった。
自分が付けたというのに、見事なレースのフリル付きのハンカチを見た時、春麗は女性がこの家に来たのかと紫龍に尋ねたくらいである。
結局、童虎が春麗に、内緒のプレゼントを見つけられてしまった等と嘘くさい事を白々しく言って、彼女を納得させ、しかも喜ばせた。
養父に抱きついて嬉しさを表現する春麗は可愛いのだが、師匠は既に昔の老人の姿ではない。
(二人は親子なんだから……)
ヤキモチを焼く方が奇怪しいのは判っているが、自分が見る彼女の笑顔と老師に見せる笑顔が違うような気がして、最近イライラした気持ちにさせられる。
絶大なる信頼を示す笑顔は老師と、実はムウにだけ向けられる。
しかし、これはどうしたって養父とベビーシッター役だった青年の特権。
だが、彼は自分もまた、彼女にとって信頼に値する存在でありたいと思っていた。
★★★
(しかし、後遺症ならムウはそう言う事をちゃんと教えてくれる筈だ)
春麗の兄がわりゆえなのか、ムウは彼女に対してだけは自分の本性を見せない。
そしてその反動は自分に向けられているように見えた。
実際、春麗がモーレツオトメ現象になった時、原因はムウの方にあるのに、彼女の症状を治す為に自分の方がとても酷い目に遭っ た。
それゆえ、当分は腹黒い牡羊座の黄金聖闘士には会いたくないのだが、それでも冗談みたいな現象について詳しいのは彼である。
(尋ねてみるか……)
しかし、今度も変な理屈をコネ回されて、酷い目に遭いそうな気がする。
彼の事だから、
「それを治すには、外に行って亡霊達の中から某(なにがし)という茸の在り処を知っている者を見つけださないとなりませんね」
と言い出して、増え過ぎた亡霊を自分に一掃させる事も考えられる。
(彼ならやりかねない)
何もそこまで警戒しなくてもと星矢達なら言うだろうが、過去の経験はおいそれと消える事は無い。
(よし!
春麗が話してくれるまで待とう)
消極的ではあるが、一番被害の少ない方法を彼は選んだ。