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蘭燭

そして今日がその期限という日。
城戸邸に一人の女性がやって来た。
「シャイナさん」
「星矢、久しぶりだね。青銅共を全員、ここに呼んできな」
蛇遣い座の白銀聖闘士、シャイナの有無を言わさない迫力に星矢は戸惑う。
「2分以内に全員呼ばないと魔鈴に再訓練の要請をするよ」
その言葉に、星矢は慌てて他の青銅聖闘士を呼びに行った。
「本当に魔鈴が怖いんだねぇ」
シャイナは星矢を見送りながら、溜息をついた。
結局、城戸邸にいたのは星矢と瞬の二人。 他は自分たちの修行地へ戻っていたり、行方不明だったり……。
「まぁ、ちょうどいいか」
シャイナは謎の言葉を呟くと、二人を車に乗せる。
何が何だか判らない二人だが、車の中ではシャイナは何も言わない。
彼女が言葉を発したのは、ヘリコプターに乗り換えてからだった。

「今から二人にやってもらうことがある。 今、ジュネが撮影をやっているホテルに危険な一団が向かっている」
「危険な一団って?」
星矢の言葉に、彼女は彼を睨んだ。
「これから説明するから黙って聞くんだよ!
相手はこっちの言い方をすれば、神の闘士ではない。 武器を持った一般人だ」
「ええっ!」
今度は瞬が驚いたが、あわてて黙った。
「お前たち二人は、これから必殺技を使わずに格闘術のみでそいつらを倒してもらう。
殺しては駄目だ。病院送り程度に力をセーブする事。
それからホテル内には撮影スタッフや従業員がいるから、彼らの安全も確保する事。
決して敵に我々が聖闘士であることを悟られないように。ちょっと腕の立つ護衛だと思わせておくこと」
そう言った後、シャイナは二人に何故そんなことをするのかを話した。

元々、聖域では沙織がグラード財団の総帥でい続けることに不安があった。
原因は城戸家の財産や財団の影響力を狙う者が沙織に害を成すことは分かりきっていたからである。
だからこそ星矢たちが護衛にいるのだが、今度は星矢たちの戦闘能力の高さが問題だった。
とにかく一般の人から見れば『強すぎる』のである。
そして財団の総帥として動いている沙織に何かあった時に、周囲の無関係な人たちを見捨てても沙織を救うような闘い方をすれば、それは取り返しのつかない事態を引き起こす。
沙織は悩んだ末に、聖域に対して一つの条件を出す。
『グラード財団がらみの事態でも、星矢たちが聖闘士として闘ったら聖域に戻る』
神々との闘いでもなければ、邪悪との闘いではないのだから、その力を振るうことは本来控えなければならない。

「もし使ったら?」
星矢は尋ねてみる。
「即、アテナと共に聖域に戻されて、一生日本の土は踏めなくなる。
内情をバラしたんだから聖闘士の力は使うんじゃないよ。
聖域だって、アテナから大事な場所を取り上げようって気はないんだからね」
シャイナは少しだけ微笑んで答えた。
そしてヘリはホテルから一山超えた廃校の校庭に着陸。 そこには一人の女性が立っている。
「魔鈴さん!」
星矢は背筋に冷たいものが走った。
「いつ日本に!」
「挨拶なんてどうでもいいよ。 星矢に瞬、敵の種類が少々変更になったよ」
魔鈴はそう言って、数枚の紙を渡す。
「何かあったのかい?」
シャイナも怪訝そうな顔をする。
「今日のホテルでの撮影に、見学に来る有名人が居るんだけど、どうやらそっち絡みらしいよ。
人数が増えたからって、別に気にする事はないさ。予定通り星矢と瞬は全員倒しておく事。
条件は判っているね。
それから条件を気にするあまり、のんびりとやられたら騒ぎが大きくなるから10分で終わらせる事。
1秒でも過ぎたら、再特訓だ」
「10分って、山を越えるだけで……」
星矢はそう言いかけたが、魔鈴の一睨みで黙ってしまう。
シャイナは既に時計を見ている。
「はい、始め!」
二人は弾かれる様にホテルの方へ駈けて行った。
山のどこかでカラスが騒いでいた。