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蘭燭

翌日、日本に着いた彼女が真っ先に期待し探したのは恋い慕う少年。
ジュネは空港のロビーで瞬が現れるのを待っていた。
なるべく目立たない姿で来るように命令されているので、秘密裏の任務なのだと思い一般の旅行者のような服装。 遠目ならむしろ髪の長い美少年か?と思われるくらい、彼女は凛々しい。
本人は目立っていないと思っているが、これはこれで目立つ。
何人もの女性が、彼女の前を頬を染めながら歩いているくらいである。
だからこそ瞬の方でも、彼女を広大な空港のロビーから見つけることが出来た。
「ジュネさん!」
瞬は嬉しそうに駆け寄る。
「瞬、元気だった?」
彼女は瞬に抱きつく。 そして再会の喜びに、とびっきりの笑顔を向けた。
いつもは恥ずかしくて嫌だと思っている事なのに、今日は彼女のそんな行動にドキドキする。
ジュネはここがアンドロメダ島では無い事を思い出して、慌てて瞬から離れた。
「ゴメン!恥ずかしかった?」
ジュネの金色の髪が柔らかく動く。
「平気。 それより時間がちょっとあるんだけど、何か食べて行く?」
「食事は飛行機の中でとったし、大丈夫」
彼女はそう言ってさっさと出口へと向かって歩きだした。
後で瞬は
「押しが弱い!せっかくのチャンスを逃してどうする!!」
と、星矢たちに言われてしまう。
いくら相手が自分に告白してくれたからって、それは十二宮突破の前の話。
自分の方ではまだ何も返事はしていないし、もしかすると彼女の中で好意の意味が変わってしまっているかもしれない。
『瞬の事、今は何とも思っていないから』
等と言われたら、きっと立ち直れない。
そんな言葉を聞くくらいなら、いっそ嫌いと言われた方がマシだとさえ思える。
(僕は仮面の掟だけを見て、ジュネさんの気持ちを知っているつもりだったんだ……)
しかし、その制度はもう無い。
姿形の無い、しかし確実に存在する相手の気持ちを、彼は自分で感じ取らなくてはならないのだ。

そして10日後、日本中が一人の美少女モデルに注目した。

その結果、化粧品の売れ行きとモデルの人気が鰻登りで上昇しているので、沙織は終始ご機嫌だった。
「やはり私の目に狂いは無かったわ♪」
企画会社や化粧品会社の電話は鳴りっぱなしだという。
だが、瞬は見せられた雑誌の写真に首を傾げた。
綺麗な女性が写っている事は判るのだが、ジュネでは無いような気がするのである。
しかし、星の子学園の美穂や絵梨衣はこのモデルを見て、ジュネに似ていると星矢に言ったらしい。
彼女たちとジュネは仮面制度撤廃後に顔合わせをした事があるが、 このモデルの事は箝口令が敷かれているので、彼女たちは知らない筈だというのに……。
瞬にとって雑誌の中で微笑むジュネは、仮面を付けていた時よりもミステリアスだった。

それでも瞬にとって唯一の救いは、ジュネがモデルをやる期間が決まっていた事。
その日を過ぎれば、日本中を注目させた『彼女』は姿を消す。
と言うか、聖域の方から聖闘士を一ヶ月以上鍛練などから引き離すのは止めて欲しいと言われたのである。
三日も休めば彼女が元の戦闘能力に戻るまでに、かなりの時間を要する。
沙織もこの条件は呑まざるを得なかった。
だからこそ、この一ヶ月は信じられないような過密スケジュールになった。
本当かどうかは知らないが、スタッフの方がダウンする者続出で、いつの間にか総入れ替えになったらしい。