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蘭燭

そもそもの発端は財団が出資している化粧品会社のトラブル。
モデルと喧嘩したらしいのだが、それが色々な方面に飛び火したのである。
本来なら沙織が関わる必要はなかったのが、相手の方がその余波で城戸家に対して暴言を吐いたのだ。
何を言ったのかはトップシークレットという事で、企業関係者は沈黙を守っている。
だからその現場に居なかった星矢たちも知らない。
ただ、それを聞いた沙織が持っていたグラスを粉々にしたという話のみ伝えられている。
結局この女神様は、売られた喧嘩をちゃんと買って、しかも相手を再起不能にまで叩きのめす事にした。
「やはり全力で相手をするべきよね」
さすが戦の女神と言っていいのか判らないが、聖域では積極的には関わらないという結論を出す。
そして沙織の依頼を聞いた時、教皇シオンとその補佐をやっている双子座のサガ・射手座のアイオロスは 『それは脅迫というのでは……』 と言うセリフを呑み込んだ。

もう既に依頼ではなく命令だったのだから、彼らは反対できない。

ちなみに沙織の計画とは、ジュネを謎の美少女モデル登場とばかりに、 あらゆる情報を秘密にして化粧品のイメージガールにすると言うのだ。
何故ジュネに白羽の矢が立ったのかと言うと、騒ぎの原因を作ったモデルと同じ髪の色だったから。
そして全体の雰囲気から、どうしても魔鈴とシャイナは駄目だったのである。

「そりゃぁ、ジュネじゃマスコミも正体を探れないだろうなぁ。 俺だってジュネの過去知らないし」
「星矢が知る必要はないよ!」
瞬は声を荒らげる。
「いくらジュネさんが聖闘士だからって、こんな勝手の違う世界に引っ張りだす事ないじゃないか」
星矢は何がそんなに怒る理由になるのかが判らない。
「そんなに気になるなら、仕事場へ見に行けば良いじゃないか。沙織さんなら教えてくれるだろ?」
「それが出来るくらいなら、イライラしたりしない」
瞬の返事に星矢は首を傾げる。
「これから一カ月間、ジュネさんは日本にいるけど、その仕事の最中は誰にも会えないんだ」
宣伝やら撮影やら雑誌などの取材で、ほとんど全国を飛び回るスケジュールが組まれている。
謎とというわりにマスコミを利用するのは、銀河戦争の時のようである。
「……それは残念だな……」
星矢はそう言うしかなかった。
「だって、謎の美少女モデルに男の影があったら、イメージダウンですもの」
いつの間にか沙織が仕事を終えて部屋にいる。
いくら戦の女神でも、聖闘士のいる部屋に気配を殺して入って来るのは止めて欲しいと思う二人だった。

「瞬ったら、ジュネの事が心配なのね♪」
沙織はメイドの持って来た紅茶を口にした。
沙織・星矢・瞬は同い年という気安さからか、女神と聖闘士という関係とは別の次元で連帯感があったりする。
「何で瞬がジュネの心配をするんだ? ジュネの方が先輩だろ??」
星矢は首を傾げる。
「星矢。いくらジュネが先輩でも、彼女は過酷な環境で有名なアンドロメダ島で育った生粋の聖闘士。
しかも師匠と兄弟弟子以外の男性との接触はなかったのに、これから見知らぬ男性スタッフが常に彼女の傍にいるのよ。
コロッと他の男性と恋に落ちちゃうかもしれないんだから、瞬の気持ちを察してやりなさい」
そう言って笑う沙織の方が容赦がなかった。
少なくとも星矢にはそういう発想は無い。
「沙織さん……」
瞬は苦悩に満ちた表情で拳を固く握っている。
「だって、瞬がジュネの事好きだったなんて知らなかったのよ」
神話時代ならば恋愛は御法度だったが、多民族で形成されている今の聖域では闘士たちの考えを統一させるのは不可能に近い。
それゆえ聖域の方では闘士としての誇りを汚すような事さえしなければ、他の事に関しては個人の裁量に任せる事にしていた。
沙織もそれについては闘士たちの判断を尊重している。
「先にそう言ってくれれば、少しくらいはスケジュールに余裕を持たせてあげられたのに」
星矢は、初耳だと言わんばかりに驚きの声をあげる。
しかし、これは無茶な話。
瞬自身、自分の中に吹き荒れる嵐が、恋心によるものだと気付いたのは昨日の話なのだ。

実は昨日、今回の一件を瞬は紫龍と氷河に話した。
正しくは紫龍に相談中に氷河が割り込んだのだが……。
スタッフの男性が、モデルと言う任務を行っているジュネに触らないでいて欲しいという気持ち。
彼女の素顔を知り、そして触れて良いのは自分だけでいたかったと……。
そしたら紫龍からは惚気ているのかと呆れられ、氷河には頭を小突かれたのである。
二人の出した結論は『独占欲』
閉鎖的なアンドロメダ島内での話なら発覚しにくかっただろうが、いきなり彼女が海外でその素顔を晒して大勢の人の前に姿を見せるのである。
自覚しなかった心が吹き出したのだと言われて、瞬はようやく合点がいった。
今までは仮面がその閉鎖性の象徴のように、彼女を他の世界から引き離していた。
だが、これからはそうはいかない。
仮面の掟は過去のものになり、今の彼女がそれに従う必要はない。
今回の事で彼女が聖闘士であっても、それを飛び越えて恋心を打ち明ける男性が出て来る事だってあるのだ。
「放っておいたら、確実に持って行かれるだろうな」
氷河の言葉に、瞬と何故か紫龍が暗い表情になった。