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蘭燭
(意味 : 香気のある美しい蝋燭の火)

それを女神の与えたもうた試練といえば、試練なのかもしれない。
しかし、カメレオン星座のジュネにとって、 男性に身体や髪を触られ、微笑む事を強要されるのは苦痛でしかなかった。
「モデルが仏頂面してたら、仕事にならないですよ」
女性スタッフが飲み物を用意してくれたが、やっぱり気分が悪い。
彼女は部屋から外へ出ると、バルコニーに出た。
山の中にあるグラード財団関連の企業が出資したホテルでの撮影。
「……」
身体に傷一つ付けてはいけないという命令の為、彼女は鍛練を行う事も制限されていた。
はっきり言って、拷問に近い。

事の起こりは、ほんの一ヶ月程前に遡る。

その前まではアンドロメダ島で師ダイダロスの元で修行をしていた。
色々とあった後に再び師匠に再会できたのだから、これ以上の喜びはない。
兄弟弟子のアンドロメダ星座の瞬は日本にいて、アテナの護衛についているが たまに師匠の元へ修行をしに戻って来る。 過酷な環境下のアンドロメダ島ではあったが、ジュネは満ち足りた日々を過ごしていた。
ところがある時、師匠が聖域に呼ばれた後、難しい顔をして帰って来た。
そして渡されたのは、日本行きの航空券とパスポートだった。

「先生、これは何ですか?」
ジュネは首を傾げる。
「ジュネ。すまないが今から日本へ行ってくれ」
その時、彼女の心が少しだけ弾んだ。日本へ行くという事は、堂々と瞬に逢えるという事なのである。
思わず顔が綻ぶ。
「嬉しいのは判るが、平常時でも、もう少し相手に心の内を悟られない様にしろ。
今は仮面を付けてはいないのだぞ」
師匠に窘められて、ジュネは慌てて真面目な顔をした。
長い間、女性聖闘士は仮面を付けて闘い、生活をしていたのだが、 女神アテナがそれを止めさせたのである。
長年、聖域を支配しつづけた決まり事ではあったが、女神アテナの言葉に逆らう事は出来ない。
女性聖闘士の仮面装備は、即、撤廃となった。
仮面が無くなるというのは色々と弊害もあったが、彼女たちの適応は早かった。
「何でも日本の方で困った事が起こったらしいのだ。 もしかすると特殊な事なのかもしれない。
戦闘関係なら向こうには神聖衣を持つ瞬たちがいる」
少なくとも移動時間のロスは防げる。
しかしダイダロス自身、この任務の内容は聞かされていない。
アテナからの命令なら、そもそも拒否権が無いからである。
「判りました」
ジュネは緊張した面持ちで再び航空券とパスポートを見た。

日本でもトップクラスの財力を誇るグラード財団。
そこの総帥である城戸沙織は、自宅である城戸家の一室で たくさんの書類を処理していた。
「でも、仕方ないわね♪」
書類には財団が出資している企業の新作商品に関する情報が書かれている。
「私はここに居たいんだもの☆」
沙織は何かを思い出したかの様に楽しそうに笑った。

沙織のいる仕事部屋の隣では、瞬が難しい顔をしていた。
一応、日本では義務教育制度があるので、彼らは学校へ行っている。 そして参考書を読みながらなので、星矢は瞬が難しい問題で頭を悩ませているのだと思っていた。
「瞬、何がそんなに難しいんだ?」
一応覗いてみるが、参考書が数学だったので星矢は直ぐに目を逸らす。
「別に、参考書を読んで不機嫌になったわけじゃないよ」
瞬は本を閉じる。
「いったいどうしたんだ?」
星矢は向かいのソファーに座ると、テーブルの上のお菓子を一つ摘んだ。
「ジュネが来るのが、そんなに嫌なのか?」
すると瞬は星矢の事を、思いっきり睨み付けた。
(瞬とジュネって、仲が悪かったのか?)
星矢は、恐る恐る尋ねる。
「向こうも沙織さんの命令じゃ断れないだろ。 だったら用事を作って、アンドロメダ島へ顔出しでもしたらどうだ?」
彼の誤解に瞬は即座に反論した。
「それじゃぁ、ジュネさんに会えないじゃないか!」
勢い余って机を叩いた音が、思ったよりも部屋中に響く。 星矢はわけが判らず、瞬の顔をじっと見た。
「瞬、どうしたんだよ」
その時、隣のドアが開いて沙織が顔を出す。
「何かあったの??」
その時、星矢は感覚的に室内の体温が5℃くらい下がった様な気がした。
「あら?瞬ったら、まだ機嫌が直らないの?」
沙織はにこやかに笑う。
「そんなことないですよ」
そう返事する瞬の笑みが、やはり寒々しい。
しかし、それで怯む様な沙織ではない。
「それなら明日、ジュネを空港まで迎えに行ってね。
絶対にモデルの仕事をさせたくないからって、駆け落ちは無しよ」
「沙織さん!」
瞬は真っ赤になって立ち上がる。
彼女は手を振って再びドアを閉めた。