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玄黄のシナリオ その9

 実際に村にお医者さんがいるというのは、とても心強かった。
 瞬にまず懐いたのは子供たち。
 そうして少しずつお互いに言葉を交わす。

 そうしていくうちに村長たちにも瞬の事情が伝わった。
 アンドロメダ島という場所で起こった悲劇。
 そして大切な人の手を離してしまったという悔恨。
 医者になったのも人を助けたいという気持ちと、その女性を探すときに医者ならば、何処にいても協力者を得られるかもしれないと思ったからだという。

──あの時期の僕は、生ける屍だったかも。

 魔傷の影響もあってなのか、心が無反応だったらしい。
 気持ちが再び動いたのは、玄武が現れてからである。

──謎のままだと、いずれ世界のバランスが崩れる。

 だから、行方知れずのカメレオン座の聖闘士を探すのを手伝って欲しい。
 そう言われたときのことは生涯忘れないと、後に瞬は村長に言った。
 彼女を探す手段がある。
 それが瞬にとって生きる意味にもなった。

「玄武さんが見込んだ通り、瞬先生は素晴らしい人です」

 あのマルスとの戦いで起こった天変地異。
 大地に闇の力が広がり、地球そのものが死の星になろうとしていた。
 こうなると人間は強制的に火星へいかなければ生き残れない、という状態にまで追い詰められる。
 このとき、玄武は天空の十二宮を支えて身動きがとれない状態だった。

 村長たちもこれで終わりかと思ったとき、瞬が立ち上がる。
「メデューサもまた闇の力を持つ女神と聞きます。何かこの力を制御する方法をご存じありませんか!」
 そう尋ねられたとき、正直言って村長も村人たちも迷った。
 聖闘士に極秘事項を伝えて、あとでそれを利用されたりはしないだろうかと。
 しかし、子供たちが瞬を信頼していたし、瞬自身も「この世界を守りたいのです!」と力強い声で断言をした。
 聖闘士である人間には教えられないが、村人が好意を寄せる瞬先生には教えても良い。
 彼らはそう判断して、闇の遺跡に行く方法を教えたのだ。

 そして瞬は仲間の氷河と共に闇の遺跡に向い、メデューサ像を修復して闇の力を制御したのである。
 魔傷が進行するのを覚悟の上で、再び聖衣をまとって……。 


「ですから、お礼がわりに秘術を駆使して占いました。瞬先生の大事な女性がどこにいるのかを……」
 出てきた答えは、目的の女性は生きている、村を出ていくつかの条件に見合う土地の森のある場所に行けというものだった。
 その条件も曖昧すぎるが、村にいては会えないという意味にも取れる。
 そこで瞬は、その占いを信じて旅に出たのだった。

 村長は席を立つと、窓を開けた。
「紫龍さん、もうすぐ夜が明けます」
「はい」
「真実も白日の元に晒されるでしょう。そのとき、力を貸してください」

 誰がこの悲しみを作り出したのか。
 何がこれから起ころうというのか。

「わかりました。そのときは真っ先に駆けつけます」
 紫龍は立ち上がり、「では、よろしくお願いします」と頭を下げると、外へ出た。
 東の空が白々としてきている。

「気をつけてお帰りください」
「ありがとうございます」
 彼は村を出る。
 村はその像を薄くしながら、やがて朝日にかき消された。
 選ばれた人間以外の前に現れることはないだろう。
 彼は妻の待つ五老峰へと帰っていった。