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玄黄のシナリオ その8

 貴鬼が聖域に戻った後、紫龍はさっそく動いた。
 場所は荒野のようなところにある、小さな村。

 彼は玄武を担いで、とある家の戸を叩く。
「村長はおられるか?」
 夜を迎えた小さな村だったが、紫龍は迷わなかった。
 しばらくして戸が開き、背の小さい老人が現れる。
「あなた様は?」
「村長、初めてお目にかかる。私は玄武の兄弟子に当たる紫龍と申します」
 紫龍が肩に担いでいる者を見て、村長は驚く。
「もしや担いでいるのは玄武さんですか!」
「はい。今、蘇生の最中です。村で匿ってください」
 すると村長は家の者に出掛けると言って、外へ出た。
「今は瞬先生が旅に出ています。その家を使ってください」
 紫龍は頷くと、村長の後へ続く。

 瞬の使っていた家は綺麗なままで、紫龍はとにかくベッドに玄武を横たわらせた。
 布などはないが、蘇生中の玄武には特に必要はない。
 しばらくして村の人が、二人のためにお茶を持ってきてくれた。
「紫龍さん、お茶でも飲んで少し休んでください」
 村長がテーブルに飲み物を置く。
 紫龍は椅子に近づくと、まずは彼に対して頭を下げた。
「村長、以前は息子の龍峰が世話になりました。そして今回は玄武を預かるのを快く引き受けてくださり、ありがとうございます」
 すると村長は紫龍に椅子に座るよう促した。
「龍峰くんはお元気ですか?」
「……はい」
 まさか聖闘士として、その宿命の渦中にいるともいえず、紫龍はそれ以上は言葉を続けなかった。
 その後の沈黙をどう受け取ったのか、村長は穏やかに言った。
「それはよかった。私らも気にかけていたのです」
「……」
「龍峰くんの戦士としての能力はとても高いようですが、心と体はまだ成長途中。自分で自分を抑えているように見えましたから……」
 紫龍は黙り込む。
 我が子には平穏な人生を歩んで欲しかった。
 しかし、時代と守護星座の宿命がそれを許さなかった。
(俺が魔傷を負わなければ……)
 龍峰を宿命から解放できたのか?
 五老峰の滝の前で何度も考えたが、答えはいつも同じだった。

──龍峰は聖闘士にすることでしか守ることは出来ない。

 なぜなら少し前まで、小宇宙を持つ者たちには奇妙な属性が存在していた。
 そして龍峰には【水】が従っているようであった。そのような力を持っているだけでも邪悪な者たちに狙われる可能性が高い。
 むしろ龍座の聖衣から引き離したら、息子は格好の餌食にされてしまう。
 ならば戦う術と力を教えて、生き延びさせてやりたい。
 この世界は生きるに値する光を持っているのだから。 


「紫龍さん……」
 村長はお茶を一口飲むと、視線を玄武の方に移す。
「玄武さんがこの村に来たときのことを思い出しました」
 村長の語る昔話だと、玄武がこの村に来たのは龍峰よりももう少し若いくらいだったという。
「メデューサ様の伝承を持つ村でも、今やその因子を持つ人間はほとんどいなくなりましたから、私たちも驚きました」
 百何十年かに一度、生まれるかどうかというくらいに偶発的な要素が強くなって、今や存在そのものが伝説に近かったのだ。
 しかし村の人は部外者には絶対に言わなかった。
 それは口外してはならない絶対的なものだったから。

 しかし、人の結束が弱まれば、誰かが昔話のように喋ってしまうこともある。
 これにより光牙とアリアの生まれた村は、メディアたちに利用されてしまった。


 紫龍は相づちを打つに留める。
 村長の話は彼が尋ねても答えないことの方が多いのが想像ついたからだ。
 玄武自身からも、村のことは詮索しないで欲しいと言われている。
「本当に、玄武さんが瞬先生を連れてきたときは驚きました」

 魔傷を負ったお医者さん。ついでに女神アテナの聖闘士。
 その紹介に村人も村長も驚いた。
 女神アテナの聖闘士! 場合によっては敵対するかもしれない存在なのだから。
 しかし、玄武は「この人は大丈夫!」と言って彼らを説得した。
 今の敵対者は聖闘士ではなく、同胞を犠牲にしたメディアたちの方である。
 それにこのお医者さんは、その原因となった事件の真相を知っているかもしれない人を捜している。
 ここは協力するべきだ。

 聖闘士たちを天敵としてもおかしくないメデューサ由来の回復因子の所有者が言うのだ。
 それに玄武とのつきあいは昨日今日というものではない。
 それこそ神話の時代からの宿縁があった。
 だから村長たちは玄武の頼みを引き受けたのである。