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玄黄のシナリオ その7

 古き時代の女神の見守る闇の遺跡。
 今、この神殿はどこにも出入り口など無かった。

「……真実が明かされるまで、女神と聖闘士たちを狙うということか」
 玄武の問いに、魚座の黄金聖闘士であるアモールは笑みを浮かべる。
「どうだろうね。私はもう姉上に協力する気はないけど、復讐を止めさせる気もないから、そっちで勝手にやってくれればいいよ。降りかかろうとする火の粉は払うけどね」
 すでに多くの犠牲を払っているのだ。
 メディアもアモールも中止や忘却という結末は今更と言うであろうことは、玄武も分かっていた。
「闇の神アプスを倒したんだ。聖闘士たちには頑張ってほしいね。あっさりと別の敵に倒されたら、こっちが間抜けに見える」
「……」
「でも、今の聖域はボロボロだよ。姉上が人の命を代償に聖衣を幾つか封じたから」
 その言葉に玄武は拳を握る。
「ソニアたちを封印のための生贄に使ったのか!」
 怒りのあまり彼はその拳で、アモールの座っていた柱を打ち砕く。
 アモールの方は彼の行動を予測していたらしく、軽やかに場所を移動した。
「試しに狼座でやったら、思いの外上手く封印が出来てね」
 彼の笑みは、どこか誇らしげだった。

 栄斗の前に狼座の聖闘士だった芳臣という青年は、意外にもマルスの行動を誰よりも詳しく察知できたのである。
 それこそ離れた場所からでも。
 これは狼がマルスの聖獣であるという因縁が関係していたのかもしれない。
 だからこそ、メディアは芳臣という人物を葬らないとならなかったのだ。自分の計画が筒抜けになるのを恐れて。
 次に狼座を継いだ栄斗はパライストラについて最初から不信感は持っていたが、マルスの動向については芳臣ほどの能力は発揮できなかった。
 だから抹殺命令は強いて下されなかった。

 とにかくこれの成功により、メディアは聖闘士達の命を代償に黄金聖衣を利用し封じる方法を実行したのである。
(まさか……メディアは対マルス戦で有力な力を持つ蠍座の封印を既に考えていたのか)
 そうなるとソニアは父親の復讐劇に巻き込まれたのではなく、ソニアもまたメディアの復讐に必要な人材だったのだ。
「同じように力を半減化されている黄金聖衣を抱えたまま、黄金聖闘士やあの伝説の聖闘士達がどれほど戦えるか、お手並み拝見だね」
 他人事のようなアモールの言葉に、玄武は怒りで体が震えた。
「貴様……」
「生半可な覚悟で関われば利用される……」
 言葉が終わるか終わらないかの時に、アモールが斜め後ろを振り返る。
「さて、君とお喋りをしていたら、どうやら私の為の階段が現れてくれたみたいだ」
 階段という言葉に、玄武は素早く周囲を見回す。
 しかし、それらしいものは見当たらない。
「そうそう、同胞の誼(よしみ)ということで一つだけ言っておくけど、上に向かう階段には二種類あるんだよ」
「なにっ!」
「一つは蘇生のための階段。もう一つはメデューサからの罰を受けて石になる結末の為の階段」
「……石になる……だと」
「玄武は知らなかったみたいだね。血統が違うから大丈夫なのかな?」
 アモールは玄武に背を向ける。
「まぁ、お互いに運が良かったら、地上で会うこともあるだろうね。わざわざ探してまで会う気はないけど」
 アモールの姿が闇にとけ込むように消えた。


 玄武は闇の遺跡に一人っきりになる。
 先ほどまではアモールがいたので分からなかったが、一人っきりになると遺跡は音のない世界だった。
「最後の最後で毒を一滴、使われたな……」
 階段の先には二つの出口がある。
 そのような話は聞いたことがない。
 だが、階段を上がらなければ蘇生は出来ない。
「たとえメデューサの前に立つことになっても、先に進むのみだ」
 彼は見上げる。
 メデューサ像と遺跡の壁についている氷が、まるで星々のように煌めいていた。