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玄黄のシナリオ その6

「お前が……いた、だと……?」
 玄武はその言葉に驚く。
「オリオン座の聖闘士だったエデン兄上に同行したんだよ。兄上は師匠のダイダロスに私を会わせたかったみたいだけどね」
 その言葉に玄武は、謎が一つ解けたような気がした。
「今のオリオン座は、その人の身代わりか?」
「……どうだろうね。姉上の気持ちは姉上本人にだって分かっていなかったかもしれないから、その問いは無意味だよ」
 だた、魔女メディアは復讐者として女神アテナと聖闘士たちを闇に突き落とした。その事実があるだけ。
「とにかく私はあの現場にいた。どうして無事だったのか、わかるかい?」
「……」
「一人の聖闘士が守ってくれたんだよ。それこそ島で仲間が殺されてゆく気配を我慢しながら」
 このときアモールは気配を隠す方法を、その聖闘士から教わった。
 そして後に彼は、黄金聖闘士でも容易に察することが出来ないくらいの完璧に気配を隠す術を手にする。
「彼女は恐怖と敵意を飲み込んで、私を抱きしめて守ってくれた。だから今でも私は彼女に対しては恩義がある」
 しかし、女神が魔傷を食らうほどの激しい戦闘の前後でも、彼女は出てはこなかった。
「それはカメレオン座のジュネのことか……?」
「当たり。聖域が抹殺した彼女だよ」
 アモールの表情が険しくなる。
 そして玄武も瞬時に反論した。
「違う! 聖域は彼女を捜していた。あの粛正で何があったのかを知りたいと思ったのはお前たちだけではない。アンドロメダ瞬は、それこそ彼女がマーシアンたちに何かされたのではないかと考えていたくらいだ」
 玄武はこの時期の瞬を知っている。あのときの彼は、生ける屍に近かった。
 そして今でも、彼はカメレオン座の聖闘士を探し続けている。
 消息が不明ならば、絶対に生きていると信じて。
 しかし、アモールは眉を顰めて不愉快そうな表情をする。
「マーシアンたちがそんなことをするわけがないよ。彼らはマルスさまの配下という位置だけど、四天王や一部のマーシアンは私たちメデューサの血を受けた一族の者だ。彼女に対してだけは礼節を忘れないよ」
 それゆえの統率かと、玄武は改めてメディアの恐ろしさを知る。
 マーシアンは闇の小宇宙を持っていたが、それがアプス由来なのかメデューサ由来なのかは、聖闘士側では見分けがつかない。
 しかし同じように見えて、その力の格は違う。
 アプス由来のものは付け焼き刃か、それとも真に深い闇に適合するかの両極端に分かれるが、メデューサ由来は平均的に高い能力を持っている。
 あの四天王もまたメデューサ由来では、彼らもまた復活するのだ。
「エデン兄上の死によって、私たちの運命は決まった。あとはご存知の通りだよ」
 軍神マルスを媒体にして闇の神アプスを地上に降ろす。
 すべてに絶望していた彼らだから出来たことかもしれない。
「正直言って、私も姉上も君が天秤座の黄金聖衣をまとって現れたときは驚いたよ。これで紫龍を殺し損ねたってね」
 紫龍が魔傷に耐えながら天秤座の聖衣をまとえば、聖衣そのものを壊して紫龍に止めを刺すつもりだった。
 しかし、玄武が天秤座の聖衣をまとったため、その計画は無くなる。
 メデューサ由来の闇を持つ者に、メディアの魔力は無意味だったからだ。
「さて、話が多少それたけど、それならアンドロメダ島の粛正の時、どうしてエデン兄上だけメデューサと同じ方法で倒されることになったんだろうね」
 不自然な形の死。
 それが問題だった。


「あの粛正の時、大勢の聖闘士が倒された」
 紫龍の言葉に貴鬼は拳を握った。
 ただ、その惨劇のあとを実際に見ていたのは、今となってはカメレオン座の聖闘士ジュネだけ。
 そこで老師自ら、海皇との戦いの直後、小宇宙を使ってジュネと話をしたのである。
 彼女は何かを隠していたようだが、そこまで老師も問いつめるようなことはしなかった。
「彼女がたった一人で自分の師匠や兄弟子たちを埋葬したと老師から聞かされたときは、言葉を失った」
 その壮絶さに貴鬼は驚く。
 たった一人の師匠を失った時だって辛いのに、彼女は大勢の兄弟子たちまで埋葬したという。
「だが、その話の中で、一人だけ奇妙な倒され方をした聖闘士が居ることがわかった」
 それはまるでペルセウスのメデューサ退治に近かったと紫龍は言う。
「刺客が先代の魚座なら、薔薇が使われていたのだから、そのような倒され方をする聖闘士は出ないはず。なのに、この聖闘士だけは違っていた」
 それを聞いた老師は、彼がメデューサの血に関わる人物だったのではと気がついた。
 それを確認すると、ジュネはよく分からないといって心を閉ざしたという。
「そして聖戦が起こり、我々はそちらに集中することになった。そしてそれを乗り越えたあとも、しばらくは身動きがとれなかった」
 悲しみと苦しみの連続で、もしかすると感覚が麻痺していたのかもしれない。
 このとき何とか粛正について動きを見せていれば、後のマルスとの戦いは、起こってはいなかったのではないかと思えたのだから。
「そしてついに沙織さんとマルスが対決する、あの戦いが起こった」
 隕石墜落を引き起こした戦いの話である。
 戦場となったのは、メデューサの血に関わる一族が昔住んでいたらしいという村だった。
 しかし、今は伝承のみに残されていた状態。それが分かったのはずいぶん後のこと。
 女神も聖域もハメられたのである。
 村に漂っていた女神アテナと聖闘士たちへの呪詛が、後に彼らを苦しめる術を発動させたのだ。
 光牙とアリアはその村の生き残り。
 そして別な意味で特異能力の持ち主たちだった。


「我々は魔傷を負い、それこそ動けなくなった。そんな絶望に苛まれているときに、玄武が戻ってきてくれた……」
 ただ、玄武自身も事態の推移を警戒していた。
 この戦いがマルス自身が起こしたものなのか、第三勢力の気配はないのか、分からないことが多すぎたからである。
 貴鬼は寝台に横たわっている同胞を見た。
(最初から相談してくれればよかったのに……)
 謎の多い友人は、未だに目覚める気配はなかった。