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玄黄のシナリオ その3

 暗い洞窟。灯りは無いが、なぜか足下は仄かに明るい。
 人一人が通れるくらいの狭い階段。下には行けるが上には行けない。
 消えてしまうから。

──冥府下りか……。

 玄武はそんな階段を延々と下りていた。

 パライストラでの闘いの後、彼の意識はこの地へと飛ばされた。
 メデューサの影響化にいる為、冥王ハーデスの管轄である冥府には行けない。
(魔を持って魔を制する古き時代の守護女神メデューサ。信仰した記憶はないが、それでもこの血に宿る影響力は健在らしい)
 しばらくして階段が所々壊れていて、足場がかなり悪くなった。
 しかし、彼は意に介さず確かな足取りで進む。
(この様子だと、あそこはかなり崩壊しているかもしれないな……)
 自分が協力したこととはいえ、由緒ある場所が崩壊していると考えると、やはり心が騒ぐ。

 先ほど、彼は香の匂いを感じた。
 複数の香草を練って作られた清浄なる香り。
 五老峰で兄弟子の紫龍が自分を蘇生させようとしたことを知る。
(しかし、この先に何もなかったら、すべては無駄になる)
 千年眠り続けようとも目覚めることは出来ない。
 実際にそんなに眠り続けてはいられないが。

(全てを捨てる覚悟をしたのに、まだ生きていたいと願ってしまうものなのだな……)
 彼は自嘲気味に笑った。
 いつしか階段はその形を成さなくなり、玄武は急な斜面を滑り降りる格好になった。

 そしてその傾斜が終わった先には、大きな門が逆に綺麗に残っている。

(ここが闇の遺跡か)

 軍神マルスとの闘いにおいて、突如出現したとされる謎の遺跡。
 それはマルスや女神アテナよりも古い時代の守護女神のための神殿だった。

 玄武は扉を開ける。冷気らしきものが外へ出る。
 中は仄かに明るく。天井には逆さになって自分を見下ろす守護女神メデューサ。
 その姿をキラキラしたものが付いている。

「待っていたよ。天秤座の黄金聖闘士・玄武」

 その男の声を彼は知っていた。 


 同じ頃、五老峰で寝台に横たわっている玄武の体から、黒い小宇宙が立ち上る。
 この現象に貴鬼は驚いた。
「これは闇の小宇宙! でも、闇の神アプスは倒されたはずだ」
 軍神マルスとの闘いにおいて、聖闘士たちの小宇宙には一種の属性が発生した。
 これは小宇宙の性質が自然精霊の力に近くなってしまった為ではないかと言われているが、実際は何が原因なのかわかってはいない。
 ただ、属性持ちになると苦手な性質の力というものも発生するので昔ほど力技な戦略が使えず、それに慣れていた聖闘士たちは苦労していた。
 今は闇の神が倒されたので、昔ほど属性が戦略に影響を与えることは少なくなったが、それでも全然ないとはいいきれない。
 逆に属性に慣れた若き聖闘士たちは、今度は属性を利用した行動を取りにくくなった。
「……これは闇の神アプス由来の小宇宙ではない。先ほど言った女怪メデューサ由来のものだ」
「……えっ?」
「女怪メデューサにはもう一つの姿がある」
 何を言い出すのかと、貴鬼は緊張した。
「もう一つの……姿?」
「それは女神アテナが地上を守る遙か昔に、魔によって魔を制する性質の守護女神だったということだ。それが神話の時代にアテナに滅ぼされ、女怪物にされたという説がある」
 権力の交代である。
 そしてその権勢を示すために、ペルセウスの白銀聖闘士はメデューサの盾を持っていた。
 この古き女神は女神アテナによって滅ぼされたことを示すために。
「とにかく玄武は、場合によっては女神アテナに仇をなす存在と判断されかねない……」
 この言葉に「そんなバカな!」と貴鬼は立ち上がる。
「玄武は仲間だ!」
 彼の怒りに紫龍は弱々しく笑った。
「そう、仲間だ。俺にとっては大事な弟弟子だ。だからこそ、玄武のことに関してだけは、聖域を警戒しないとならない」
 正義の名の下に、多くの血を流した過去を持つから。

「アンドロメダ島の粛正……」
「えっ?」
「あのときの犠牲者に、玄武とは異なる血筋の……メデューサの血を受けて蘇生した人の末裔がいた」
 それが軍神マルス降臨のきっかけになったと紫龍は言った。