暗い洞窟。灯りは無いが、なぜか足下は仄かに明るい。
人一人が通れるくらいの狭い階段。下には行けるが上には行けない。
消えてしまうから。
──冥府下りか……。
玄武はそんな階段を延々と下りていた。
パライストラでの闘いの後、彼の意識はこの地へと飛ばされた。
メデューサの影響化にいる為、冥王ハーデスの管轄である冥府には行けない。
(魔を持って魔を制する古き時代の守護女神メデューサ。信仰した記憶はないが、それでもこの血に宿る影響力は健在らしい)
しばらくして階段が所々壊れていて、足場がかなり悪くなった。
しかし、彼は意に介さず確かな足取りで進む。
(この様子だと、あそこはかなり崩壊しているかもしれないな……)
自分が協力したこととはいえ、由緒ある場所が崩壊していると考えると、やはり心が騒ぐ。
先ほど、彼は香の匂いを感じた。
複数の香草を練って作られた清浄なる香り。
五老峰で兄弟子の紫龍が自分を蘇生させようとしたことを知る。
(しかし、この先に何もなかったら、すべては無駄になる)
千年眠り続けようとも目覚めることは出来ない。
実際にそんなに眠り続けてはいられないが。
(全てを捨てる覚悟をしたのに、まだ生きていたいと願ってしまうものなのだな……)
彼は自嘲気味に笑った。
いつしか階段はその形を成さなくなり、玄武は急な斜面を滑り降りる格好になった。
そしてその傾斜が終わった先には、大きな門が逆に綺麗に残っている。
(ここが闇の遺跡か)
軍神マルスとの闘いにおいて、突如出現したとされる謎の遺跡。
それはマルスや女神アテナよりも古い時代の守護女神のための神殿だった。
玄武は扉を開ける。冷気らしきものが外へ出る。
中は仄かに明るく。天井には逆さになって自分を見下ろす守護女神メデューサ。
その姿をキラキラしたものが付いている。
「待っていたよ。天秤座の黄金聖闘士・玄武」
その男の声を彼は知っていた。
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