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玄黄のシナリオ その2

 肌が生気を取り戻したわけではないが、確かに玄武は浅く呼吸を繰り返している。
 貴鬼は古くからの友人の言葉を待った。
 しかし、相手は意外なことを言う。

「貴鬼、ありがとう。この事は口外しないでくれ」
 礼を言いながら紫龍は帰るよう促している。
 貴鬼は慌てて彼の腕を掴んだ。
「紫龍、説明してくれ! 玄武は助かったのか?」
 何の説明もなく帰れるわけがない。玄武は大切な仲間なのだ。
 それに、この事を知れば喜ぶ人たちが大勢いる。
「……貴鬼、これ以上玄武のことを知れば辛くなるぞ」
「それでも彼は戦友だ」
 自分にも何か出来るかもしれない。なのに関わらせてもらえないと言うのは、信用されていないのではないか。
 貴鬼は「頼む。教えてくれ」と訴える。

 すると春麗もまた紫龍に取りなす。
「今の貴鬼ちゃんは、羅喜ちゃんのお師匠さまよ。もう小さな子供じゃないわ」
 妻の言葉に「そうだな……」と彼は呟いた。

「貴鬼、少しだけ長い話になる。パライストラの方は大丈夫か?」
 頑固な友人が軟化したことに、貴鬼はぱっと明るい表情を見せる。
「それは大丈夫だよ。ジャミールに修復の材料を取りに行くついでに、足りない材料を調達するため幾つか寄り道をすると言ってある」
 そして弟子の羅喜については、アクィラのユナに預かって貰ったと説明した。
 今回ばかりは天秤座の黄金聖衣の修復が控えているので、羅喜も師匠の言いつけを守る。
 敵側も破損した天地崩滅斬を修復しないとならない。
 そのときジャミールで管理している材料や、場合によっては貴鬼の修復技術を狙われたら大変である。
 想像の領域でしかないが、警戒はするべきだろう。
 そのとき一番足を引っ張りそうなのが自分なのだと、彼女は理解していた。

「では、時が来るまで今からする話は、その胸に納めていてくれ。龍峰にも羅喜にも秘密だ」
 貴鬼は椅子を用意する。
 紫龍もまた玄武が寝かされている寝台に浅く腰掛けた。
 春麗は「私はお夕食を作るわね。貴鬼ちゃんも食べていって」と目を赤くしながら二人に告げて部屋を出ていく。
 外からは滝の流れ落ちる音が聞こえている。 


「どこから話すべきかと思ったが、まずは玄武が蘇生出来た理由を言っておこう」
「……」
「お前は女怪メデューサの神話を覚えているか?」
 それはあまりにも有名な英雄ペルセウスの神話である。彼は素直に頷く。
「英雄ペルセウスが美姫アンドロメダを救うために、見たものを全て石に変えるという女怪メデューサの首を求めたという神話だろ。たしか首を刎ねられて倒されたメデューサの血から、ペガサスとクリュサオールが生まれたという……」
 紫龍は頷くと言葉を続けた。
「その女怪メデューサの血には不思議な性質があって、死者を蘇らせることが出来るという」
「……えっ?」
「医神とも言われたアスクレーピオスが死者を復活させることが出来たのも、この血を使ったからだ」
 貴鬼は紫龍の言わんとすることを何となく察した。
「まさか、玄武はメデューサの関係者なのか?」
 すると紫龍は玄武の方に顔を向けた。
「ある意味、その説明で当たっているかもしれないが、あまり正しくはない」
「というと?」
「玄武はアスクレーピオスが生き返らせた為に、冥界へ降りる事を拒絶された人間たちの末裔らしい」


 強い回復の因子を持っているため、それこそ女怪メデューサと同じ方法でしか、彼を倒すことは出来ないのだ。
 不老不死ではないので成長し老化はするのだが。
 ただ、今回のような重傷の場合、彼の身体は勝手に仮死となってその生命を回復に費やしてしまうのである。
「あまり仮死の状態が長いと、目を覚ましたとき玄武は記憶を失っている可能性があると説明された。だから先程の香を使って、ここは安全な場所であると教えて仮死状態から意識を回復させたんだ」
 貴鬼は不意に、東洋に伝わる四神で北を司る亀と蛇の融合体である玄武という生き物が、女怪メデューサの顔を由来としているように思えた。

 そして紫龍は貴鬼に言う。
 玄武の意識は回復させることが出来たが、いつ目を覚ますことが出来るかは分からない。
 だからパラサイトに知られないよう、後日、別の場所に移すと。
「どこに?」
 そのときは協力すると申し出たが、紫龍は首を横に振った。
「それは言えない。分かってくれ」
 弟弟子の安全がかかっているのだ。それだけは彼も喋らなかった。