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玄黄のシナリオ その1

 貴鬼が大きな荷物を担いで五老峰に現れたとき、紫龍はこの日が来てしまったのだと察した。

「紫龍。約束通り、玄武を連れてきた……」
 布にくるまれた玄武は既に聖衣を外され、肩に何十重にも包帯を巻かれていた。
「一応、向こうでは玄武を埋葬したことになっている。避難民たちを……動揺させたくはなかったけど、墓は必要だか……ら……」
 同胞の死。
 貴鬼にとってそれは説明をするのも辛い出来事だった。


「とにかく、こちらへ運んでくれ」
 家の中に入ると、紫龍はとある部屋の寝台に玄武を置いてくれと言った。
 貴鬼は頷いて、彼をその場所に横たわらせる。天秤座の黄金聖闘士・玄武は眠っているかのようだった。
 ただし、その体に温もりはない。
 このとき、どこかに出かけていた春麗が家に戻ってきた。

 貴鬼はこれから起こるであろう春麗の悲嘆を思うと、心が苦しかった。
 しかし、彼の最期をちゃんと伝えないとならない。
 どんなに厳しくも優しい男だったか。
 龍峰たちに慕われていたか。

 だからこそ避難民を動揺させることになっても、玄武の墓は必要だった。
 若い聖闘士達の拠り所であり、敵には天秤座の黄金聖闘士が死んだことを知らせなくてはならない。
 その亡骸を五老峰に人知れず持ち込んだ以上、何かあるのではと疑われたくはない。
 天地崩滅斬の所有者に勘繰られては、余計な犠牲を出すことになりそうだから。


「紫龍。玄武ちゃんが帰って来たの?」
 小さいころ、一緒に暮らした三人。
 春麗は弟分の帰宅を喜んだみたいだが、部屋の状況を見て全てを察した。
「玄武ちゃん!!」
 彼女は駆け寄って縋り付く。
「ねぇ、どうして! どうして、玄武ちゃんがこんな目に!!」
 涙をこぼす春麗を見て、貴鬼は当時のことをどう説明したらいいのか分からなくなった。

 大勢の人を救いました。
 敵の武器を破損させました。
 黄金聖闘士して立派な働きをしました。

 そんな言葉で春麗が納得してくれるわけが無い。
 貴鬼が迷い、拳を握ったとき、紫龍が妻に声をかけた。

「春麗、時間がない。約束を果たそう」
 意味不明の言葉に貴鬼の方が二人のことを見た。
(約束……?)
 しかし、春麗も何のことか分かっているらしく、涙を拭うと「分かったわ」と言って部屋を出た。

「紫龍、玄武に何かあるのか?」
 貴鬼が今回の行動を行ったのは、もともと師匠のムウが老師に頼まれたからだ。

――もし、玄武がその宿命に殉じたときは、誰にも知られずに五老峰へ連れてきて欲しい。

 それこそ、女神アテナを騙すことになっても。
 それほどの願いが何なのかは分からないが、かなり重要な頼みなのはムウも理解していた。
 だからこそ、貴鬼は誰にも何も言わずに、玄武の亡骸を五老峰へ連れてきたのだ。

 春麗が小さな香炉と箱を持ってくる。
「紫龍、持ってきたわ」
 すると紫龍は、箱を開けると小さな黒い粒を指で潰しながら香炉の中に入れた。

   部屋にふわっと、爽やかな香りが広がる。
 二人の意外な行動に、貴鬼は何が何だかわからなかった。
「紫龍……?」
 その問いかけに紫龍は「静かに」というと、今度は玄武の胸に耳を当てる。
 この行動に貴鬼はようやく、玄武が生き返るのか?と考えた。
 だが、あの傷で生き返ることなどあり得ない。


 しかし、貴鬼は次の瞬間、玄武が呼吸し始めた姿を見たのだった。