ANIME-目次

   

氷の宮殿 1

 カミュが一度聖域に戻ってみると、ミロから自分のことを待っていた人物がいると言われた。
 急いで行ってみると、そこにいたのは見知らぬ少年とベッドで眠っているキグナスの聖闘士。

「君は?」
「初めてお目にかかります。俺の名はアイザック、クリスタル聖闘士と呼ばれた男の弟子だったものです」
 その言葉にカミュはドキリとする。
(これは偶然などではない)
 自分が育てた弟子は、何かに関して暗躍しているのだ。

 アイザックがカミュに聞きたかったのは、予想どおり“彼”についてだった。
「先生はいったい何に関わっているのですか!」
 その真剣な様子に、カミュは“彼”がとても慕われていたのだと理解した。
 では、己はどれほど“彼”を知っていたのだろうか? 改めて考えてみると、“彼”を取り巻く環境を知っていたとは言えない。
 何しろ“彼”はアーレス前教皇が連れてきた人物だったからだ。

「水瓶座のカミュ、彼をしばらく鍛えてくれないか?」
 アーレス教皇は穏やかな表情でカミュの前に“彼”を連れてきた。
 年齢は自分と同じくらいだろうか。とにかく春の日だまりのような雰囲気がある。緊張はしているらしいが……。
「……」
「では、よろしく。 NAGI(なぎ)もこれからは彼を師と仰ぐように」
 アーレス教皇はカミュの返事を待たずにその場から去って行ってしまった。ここまで強権を発動するとなると、もともとカミュに押しつけるつもりだったのかもしれない。
「教皇様……」
 むしろ哀れなのは残された側かもしれない。カミュは返事をしてはいないのだから、機嫌を損ねたのかもとオロオロしている。
「……NAGIというのか?」
 カミュの問いかけに“彼”は、「教皇様がつけてくれました」と笑顔で答える。聖域にはそういう人間がいないわけではない。名前を捨てることで俗世間との決別を示してから、聖域に来る者もいる。
「聖闘士を目指すのか? 幾つだ」
 それにしては少し年齢が高いような気がする。NAGIは自分と同じくらいか、もしかすると歳が上かもしれない。
 しかし、彼の返事は「少し前に記憶が吹っ飛んでしまって、よく覚えてないのです」ということだった。
 あまりのことに驚いて、この直後アーレス教皇を問い詰めるた。すると相手は穏やかな笑みを浮かべて「私が出会ったとき、彼は血だらけだった。どうも手負いの獣から村の子を助けようとして怪我をしたらしい」と言う。

「前教皇の説明によると、退治された獣は厚い氷に封じられていたそうだ」
 その稀なる能力を知り、前教皇は“彼”を聖域に連れてきたのである。アイザックは初めて聞く話らしく、驚きの表情を見せた。
「先生は独学で冷気を使えるようになっていたのですか!」
「それについては本人が何も覚えていないから、こちらでも判断しようが無い」
 ただ、後日カミュがアーレス前教皇から聞いて“彼”の住んでいたであろう村に行ってみたが、村自体は何かトラブルが発生したのか廃村となっていた。
「とにかく本人の記憶が無いのでは、それ以上は問い詰めることも出来なかった。それに一緒に暮らしていて、NAGIが記憶を僅かでも取り戻したということもない」
 ゆえに“彼”の過去について知る人はいない。
「先生……」
 アイザックは悔しそうに呟く。
 教皇に化けた双子座の黄金聖闘士の策略により、その男は凶悪なる存在へと変貌し自らの弟子によって倒されたはずなのである。
 では、今姿を見せている人物は誰なのか。
 本人である事を望むべきか、それとも他人の空似であって欲しいのか。カミュとアイザックはとにかく動くことにした。