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執務室にて太陽の異変を知ったヒルダは、この現象が尋常ではない力に因る事に気付く。 惑星の運行ゆえのものならば、天文学を扱う部署が事前に報告をするからだ。 (民が動揺するのを防がなくては!) そう思い振り返った時、部屋の出入り口には大臣と幾人かの兵士が立っていた。 「どうしたのですか」 ヒルダは彼らの仰々しい様子に眉を顰める。 これでは反乱ではないか。 すると大臣はヒルダに、今から自分の管理下に居て貰うと宣言した。 この言葉に執務官たちは動揺する。 「貴方は自分のしている事が分かっているのですか」 だが、相手は平然としていた。 |
ワルハラ宮殿に突如として起こったクーデターは、当然フレアの元にも魔の手を伸ばし始める。 彼女を捕らえようとする兵士たち。 しかし護衛者であるイサが一撃で複数の兵士たちを叩きのめしたのである。 「イサ!」 しかも、彼は強い小宇宙を持つ闘士だった。 こうなると力の差は歴然としており、兵士たちは誰一人とし二人に触れる事も出来ずに倒されてゆく。 「とにかく今は私を信じて下さい。 このままではヒルダ様も危険です」 「お姉様が危険って!」 「貴女を人質に取られたら、ヒルダ様は大臣たちの言いなりにならざるを得ないからです」 彼はそう言うと、軽々とフレアを持ち上げてワルハラ宮殿を後にした。 そのうち、先程まで薄曇り程度だった天気は急激に悪化し、兵士たちは完全に二人の姿を見失ったのだった。 |
そして、フレアの拘束に失敗したという連絡は、直ぐさま大臣に伝えられた。 この連絡は向こうにとっても意外なものらしく、彼は青ざめている。 (イサがフレアを逃してくれた……) 椅子に座らせられているヒルダは、ちらりと外の様子を見た。 風が強く窓を叩く。 嵐がやって来たのである。 (あのルーンは、これを意味していたのね) どうする事も出来ない事柄。耐えることでしか身を守ることは出来ない。 今は強固な氷が溶け水となるのを待つように、時節を待て。 小石に彫られたルーンはそう告げているのかもしれない。 (……) その時彼女は脳裏に、あるイメージが思い浮かんだ。 (イサは氷を意味するルーン……) 思い出されたのは、やはり北限の地に闘士のいる国。 その名はブルーグラード。 ただ、このアスガルドとは国交が無いので、どのような所なのか人伝てにしか聞いた事は無い。 (勇猛果敢と言われる氷闘士。 確か最近になって代が変わった筈……) この事件の背後にブルーグラードが関わっているのだろうか? しかし、今の段階で彼女に出来るのは妹の無事を祈る事だけだった。 |
嵐は容赦なく二人に襲いかかる。 しかし、フレアを抱えている青年の動きが鈍くなるようなことは無かった。 先程、自分たちを捕らえようとする兵士たちを一掃した技。 彼女はその技を再び見ることになろうとは思っても見なかった。 フレアは彼に尋ねてみる。 「あれはダイヤモンド・ダスト……。 貴方は聖闘士なの!」 しかも、その技は彼女にとって思い出深い聖闘士のもの。 今まで自分の護衛者だと思っていた青年に、こんな秘密があろうとは……。 そして彼の返事に、フレアは言葉を失った。 「貴方があの技を知っているということは、私の弟子である氷河をご存じなのですね」 彼女にとっては知っている処の話ではない。 そして、同時にあの悲しい闘いを思い出してしまう。 彼はフレアの沈黙に何かを察したのか、話しかけずにひたすら前へ進む。 吹雪はいよいよ激しさを増し、大臣側でも二人の追跡を断念せざるを得なかった。 |