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極北の地アスガルド。 そこの主神オーディンの地上代行者は、代々両極の氷が融解する事を祈りによって防いでいた。 しかし、その神聖なる存在が異国の神の策略により動乱の源へと変貌。 世界は一気に緊迫した状況となる。 だが、この事件は大いなる代償と共に終息を迎える。 後に禍根となる問題を孕んだまま……。 主神オーディンの地上代行者である姉のヒルダ。 その彼女が最近沈痛な面持ちで執務室に居る事に、フレアは心が痛んだ。 姉の力になりたいという気持ちはあるが、自分ではどうすることも出来ない。 こういう時にジークフリートやハーゲンたちが居てくれたら、どんなに良かっただろうか。 しかし、彼らはもう何処にもいないのである。 「ハーゲン……」 フレアは執務室に入ることが出来ず、そのまま自室へと戻った。 |
その日のアスガルドは薄曇りという天気。 午後には嵐になるかもしれないという事だった。 この地の統治者であるヒルダは、神への祈りを終え執務室に居た。 忙しい彼女を補佐する執務官たちが次々と書類を整理してゆく。 穏やかに過ぎてゆく時間。 しかし、以前と変わらないとは言えない。 何故ならそこには居るべき筈の人たちが居ないのだから……。 その為にヒルダの様子が暗く沈んでいると執務官たちは思っていた。 確かにその考えは間違ってはいないが、彼女を不安にさせている理由が他にもあった。 (いったい誰がこれを……) 二日程前に執務室の引き出しの中に置かれていた透明な小石。 そこには一本の線が引かれている。 (もし、これがルーン文字のイサを示しているのなら、何者かが私に動くなと言っている……) ただ、彼女にはもう一つ懸念する事柄があった。 それは最近になって妹のフレアの護衛をする事になった青年の名前である。 彼は大臣の紹介でワルハラ宮殿に勤める事になった人物なのだが、その名前がイサなのである。 万が一小石が彼の事を言っているならば、フレアに直接問題が及ぶ。 しかし、何も分からないまま青年を疑うことは出来ない。 (再びこのアスガルドに何かが起ころうとしてる……) こんな時に頼りとする人物は、もうこの世には居ない。 ヒルダは引き出しの奥に小石をしまうと、再び書類に目を通した。 |
フレアは宮殿の中庭に出る。 時節から言えば冬至は過ぎて太陽の出ている時間も長くはなったが、北限にあるアスガルドでは長い冬がまだまだ続いていた。 外気は徐々に冷えてゆき、吐く息が白い。 彼女は自分を呼ぶ青年の声に振り返った。 「ハー……」 反射的に居ない人の名を呼ぼうとして、彼女は慌てて言い直す。 「……イサ。どうしたの?」 すると青年はフレアにコートを羽織らせる。 「直ぐに部屋に戻るわよ?」 そう言って彼女が天を仰いだ時、急に太陽に影が入った。 それは雲が隠すというものではない。 「な、何なの?」 この現象にアスガルドの人々も驚く。 そして過酷な事件は、この直後に発生した。 |