目次

30. 命

49.反射より

翌日、ライオンの子供については聖域中に広まっており、獅子座の黄金聖闘士が育児疲れを起こすかもしれないとまで話が進んでいた。
ともかく、ライオンのアイオリア嬢のいる獅子宮には入れ代わり立ち代わりに人がやってくるようになる。 晴れた日など運動と称して散歩に連れてゆくと、女官などが差し入れをしてくれたりした。
しばらくして彼は気がつく。
最初は単にすばしっこい仔だと思っていたのだが、アイオリア嬢は瞬間移動の能力を持っていたのである。
(これが聖域に来た理由か……)
後から渡された書類によると瞬間移動の距離は大したことはないが、この能力のおかげで元いた動物園で飼育員がノイローゼになったらしい。
(たしかにオリに鍵がかかっているのに、平気で外にいたら驚くだろう)
それが原因なのか、母ライオンが急に育児拒否をしたと記されていた。
そうなると今度は人の手で育てることになるのだが、同時に不審者にまとわりつかれた飼育員の身に危険が迫ったのである。 書類には大雑把なことしか書いていないが、結果としてこの仔ライオンの事を知った女神(アテナ)が彼女を死んだことにして引き取ったということだった。 だから今のアイオリア嬢には受け入れてくれる動物園や施設は無い。
しかし、こんな特殊能力を持った彼女と見合いをするライオンが本当にいるのだろうか。 何もかもが彼の予測の範囲を超えていた。

そしていよいよライオンのアイオリア嬢が見合いをするという日、獅子座の黄金聖闘士は彼女と一緒に小高い丘にいた。
天気はとてもよく、吹く風が心地よい。彼女はのびのびと遊んでいた。
(こんなところで見合い?)
それにしては相手らしき存在が見当たらない。
(いったい兄さんは何を隠しているんだ?)
今朝、アイオロスから見合いの付き添いをしろと言われたのだが、どうにも様子がおかしい。何かを言いかねているような口ぶりなのだ。
しかし、今ここで悩んでも仕方がないので、彼は手荷物を広げた。 いつの間にかアイオリア嬢が足元にいる。
(食べ物の気配を察すると、瞬間移動してくるなぁ)
レオ(仮)がしゃがみ込んで彼女の頭を撫でたとき、背後で何かが光った。 野外でも分かるほどの強い光。同時に女性の声が聞こえてきた。
「!」

『よくきたわね。アイオリア』

獅子座の黄金聖闘士は何者なのかと思い振り返ろうとした。
しかし、不意に兄の言葉を思い出す。
『アイオリアと呼ばれても反応はするな』
ならば今のは自分に対しての呼びかけではない。 彼が硬直していると、ライオンのアイオリア嬢が声の主の方へ歩きだす。
『まぁ、アイオリアはお利口ね』
そう言われても振り返って良いのか、彼には判断がつかない。
だが、彼が迷うまでもなく、今度は女性がレオ(仮)の前に立っていた。 その圧倒的な小宇宙を持った女性は武装した雄のライオンを従えている。
(まさか女神キュベレーか!)
噂には聞いていたが、実物を見たのはもちろん初めてである。 そして太古の女神は、愛おしそうにライオンのアイオリアを抱き抱えていた。
『獅子座の黄金聖闘士。アテナに伝えなさい。 アイオリアは私が大切に育てます』
彼女は言いたいことを言った後、光とともに消えてしまう。 もちろん雄ライオンもアイオリア嬢もいない。
(見合いって……、まさか女神キュベレーが気に入るかどうかという話なのか!)
彼は慌てて荷物をまとめると聖域に戻った。
もちろん、自分の兄に事の真相を聞き出すためである。


20.攻守に続く