目次

20. 攻守

30.命から

自分の弟が生まれたころ、アイオロスは奇妙な『夢』を見た。 綺麗な女性が楽しそうに弟をあやしている。

「その名の通り、なんと立派な子なのでしょう」

弟は誉められているのだが、何か嫌な予感がする。この女性は生まれたばかりの弟を連れ攫おうとしている。 直感に従い、アイオロスは行動を起こした。
「この子の名はアイオリアがいい!」
彼のかなり強引な意見により、親も周囲の大人たちも渋々ではあったがアイオリアという女名前をつける。 これには当時の彼が聖域と関わりを持っていたのが幸いしたのかもしれない。

「とにかく、お前の名を男らしいものにしたら絶対に攫われると思った。 だから、こっちも必死だった」
兄から初めて聞く自分の名に関する説明に、アイオリアは呆然としてしまった。
「だったら何故、最初からそれを言ってくれなかったんだ?」
彼としては、いきなり女神キュベレーと出会うと予測していなかった。 ゆえに結果として兄に騙し討ちを食らったような気がしてならない。
「言ったら、お前は正直に女神キュベレーを説得するだろ。自分は女神アテナの聖闘士として生きるとかなんとか」
「駄目なのか?」
「そんなことをしたら向こうが意地になる。相手は聖域と平気で喧嘩しかねない実力者だぞ」
何しろ女神キュベレーは女神アテナに従う必要のない立場なのだ。
下手をすれば自分たちの女神に難問が降りかかることも有り得た。
「でも、それじゃ何でライオンのアイオリアは受け入れてくれたんだ?」
するとアイオロスは首を傾げながら答える。
「女神キュベレーは野生動物の保護者でもある。子供のライオンが戦場になりやすい聖域で育てられているなど、我慢できなかったのかもな」
しかも自分の呼びかけにライオンのアイオリア嬢がやってきたのだ。 女神にとって既に成人したアイオリアよりも自分の必要性を強く感じたのだろう。
「とにかく、これでしばらくは女神キュベレーの影に怯えずに済みそうだ」
「……」
このときアイオリアは気付く。兄は長い間、自分の身を案じ続けていたのだ。その気持ちに嘘偽りはない。
「兄さん……」
アイオリアは言葉につまってしまった。


「────そうですか、あのライオンの子供はキュベレー様が引き取りましたか」
聖域からの連絡に沙織はほっとした。
日本にいた彼女も、この問題に関しては気が気ではなかった。 偶然知ったライオンの子供は明らかに普通とは違っていたのだが、アイオロスが何とかすると言ったので引き取ったのだ。
まさか女神キュベレーに預けるとは思わなかったが……。
(確かにあの方なら大丈夫でしょう)
しかも、女神キュベレー自身が待ち望んでいた雌のライオンである。 これでしばらくの間、女性の聖闘士をライオンに変化させようという気は起こらないだろう。
そのとき沙織はある事を思い出す。
「ライオンの子供でも、猫のように鰹節と一緒に渡すべきだったかしら」
しかし、これはアイオロスも女神キュベレーも理解できない風習だろう。
沙織は持たせなくてよかったと思いなおしたのだった。

終わり