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鋼牙オオカミとカオル兎U その3

○ 夢・カオル

 荷物の搬入が近づくにつれて、カオルは一度は何もない状態の冴島邸で一晩過ごしたいと思った。
 人の気配のない屋敷。それをスケッチしたいのだ。
 でも、迂闊に鋼牙やゴンザにそれを言うと、危ないとかベッドだけでも搬入しましょうという事態になるのは想像がつく。
 ということで、出来立てほやほやの合い鍵を使って彼女は中に入る。
 本来、執事のゴンザが鍵の管理をしているのだが、カオルが日中自由に出入り出来るよう、期間限定で一つ預かっているのだ。
 何しろカオルは思い立ったが吉日という動き方をする。ゴンザがそれに振り回されないよう、鋼牙が許可を出したのだ。
 そのかわり、火気厳禁で台所は使えないようになっている。

   カオルは夕暮れから早速スケッチを始めた。
 火は使えないので、揺らめく炎を演出できる電池式のランタンでムードを出す。
 屋敷内はしんとしていたが、これから鋼牙とゴンザの二人と一緒に暮らす場所なのでぜんぜん怖くはなかった。


 そして夜の屋敷内を見て回る。
 界符による結界がすでに施されているので安全面については完璧だが、その完璧さ故に迂闊に窓などを開けっ放しにすると犯人が自分だと二人にバレてしまう。
 ということで、彼女は玄関以外は開けないことにした。
(すごいなぁ)
 前の屋敷と何もかも同じというわけではないが、昔からこの場所にあったという雰囲気が建物にはあった。
 つい楽しくて彼女は夜の探検モードになる。
 居間、台所、書斎、次々と部屋を見て回った。階段では転びそうになったが。

「おじゃましま〜す」
 カオルは夫婦の寝室となる部屋に入る。
 当然、何もない。
 奥には、鋼牙が特別に作らせた小部屋がある。
 何に使うのかと尋ねたとき、「緊急用だ」とだけ彼は説明した。
(入っても良いかな?)
 まだ何も運んでいないのだから大丈夫だろうと、彼女はそっと扉を開ける。
 真っ暗な部屋。
 ランタンの灯で周囲を見回す。
「かくれんぼするにはちょっと広いかな?」
 しかし、他の部屋よりはこじんまりとしていて、カオルはなんとなく落ち着いた気持ちになる。
 彼女は床へ座り込んだ。 


 ふと気がつくと、カオルはどこか豪華なお城の庭にいた。
 周囲には洋服を着たウサギたちがちょこちょこと動き回っている。
 中にはのんびり屋さんもいるが。

「カオル姫」
 突然、父親に名を呼ばれてカオルは驚く。
(……姫?)
 振り返るとウサギの着ぐるみを着て王様の格好をした父・御月由児が立っていた。
「なっ……何でお父さんがコスプレしているの!」
 しかし、彼はそんな娘の反応をまるっきり無視して、後ろを振り返った。
「黄金騎士殿、これが我が娘のカオル姫です」
 黄金騎士と呼ばれたのは、体格のとても良い金色の狼だった。
 王様である父親よりも立派すぎて、カオルは目を丸くする。
「お、お父さん……?」
「姫、そなたはこれから地上へ行き、この黄金騎士殿のご子息と結婚をするのだ。これは天と地の平和を象徴するもの。それに黄金騎士殿は代々地上からやって来て、我が王家を幾度も守ってくれた系譜。きっとお前は幸せになれる」
 一気に説明されても、カオルには何が何だかわからない。
「お、お父さん、ちょっと待って!」
「姫、達者でな〜。鋼牙くんによろしく〜〜」
 彼は愛娘に手を振る。そしてその姿はどんどんと遠くなる。


 いきなり次の場面で、カオルは大きな森にやってきた。
 黄金騎士と呼ばれた大きな狼はカオルの先を歩く。
 彼女は周囲をキョロキョロと見回しながら後をついてゆくと、とある立派な家にたどり着く。
 その家の前には小さいが精悍な顔立ちの、子供の狼がいた。
 まだ、父親ほど見事な黄金色ではないが、やはり金色っぽい体色だった。

(この子が鋼牙? 同じ名前なだけ??)
 狼の子供はカオルに近づく。
「は、初めまして」
 声をかけると、相手は警戒しながら彼女の周りをウロウロしている。
(女の子が特別な動物の許へ嫁ぐ話って、何かあったよね)
 カオルは様子を見ながらも少しずつ自分に近づこうとする鋼牙(狼)を微笑ましく思った。
 いつの間にか父狼はどこかへ行ってしまっている。
 今、この場にいるのはカオルと鋼牙(狼)だけ。
(成長したらカッコいい子になるだろうなぁ)
 しかし、ずっと狼のままなのだろうか。
 そんなことを考えていると、突然、彼は人間の鋼牙に変化した。そして有無をいわさず、彼女の体を抱きしめる。
 あまりの強い力に、彼女は背骨が折れそうだと訴えたのだった。