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鋼牙オオカミとカオル兎U その2

○ 夢・鋼牙

 真夜中のホラー狩りを終え、鋼牙は仮の住まいへと戻る。
 昼間の零の言葉が未だに少し、気になっていた。
『おい、鋼牙。さっきから何か気になることでもあるのか?』
 ザルバが何かに感づいたのか、ニヤニヤしている。
『もしかして昔の俺は、小さいときのカオルを見たことがあるのか?』
「知らん」
 鋼牙はそう言って指輪をはずすと、ザルバを木箱へとしまった。


 この夜、鋼牙は夢を見た。
 場所は子供の頃にカオルと出会った、あの別荘。
 しかし、周囲の風景は『約束の地』にあった至福の大地という訳の分からないもの。
 彼は一人で剣を振っていた。
 そこへ、父の大河が現れる。

「鋼牙、今日はお前の婚約者であるカオル姫をお連れした。粗相のないようにしろ」
 突然すぎる発言に、彼は心の中で少し動揺した。
 そんな息子の様子を無視して、父親は一匹の真っ白な子ウサギを出す。
 姫と言っているわりに、右手で首の後ろを摘んで自分の前に出すのは不敬ではなかろうか。
 そんなことを思いながら、彼は両手で子ウサギを受け取る。
 よく見ると子ウサギの頭には小さな王冠があった。

「カオル姫は天上界を支配する王族、御月家の姫君だ。本来なら王族の姫が我々の許へ降嫁することはないのだが、姫の父親である王を私が助けたという縁で、姫の夫には是非お前をとの要望があった」
 このとき鋼牙は、カオルの書いた絵本にそういう話があっただろうかと考える。
 しかし、覚えがない。
 そして、父・大河の言葉は続く。
「鋼牙、姫の唯一の騎士として、生涯、姫を守れ。いいな!」
 この言葉に鋼牙は「はい」と返事をした。

 すると小さな子ウサギは光を放ち、いきなり絵本を持った幼いカオルになる。
 そして周囲の風景が一変。二人は森の中にいた。 


「鋼牙お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」
 幼いカオルが自分にとびきりの笑顔を見せてくれている。
 ところが次の瞬間には、出会った頃のカオルにまで成長して寂しそうな表情になっていた。
「カオル……?」
「あのね、鋼牙。婚約は破棄になったの……」
 婚約破棄?
 最初何のことだかわからなかったが、ようやく状況を理解したとき、彼はカオルを力一杯抱きしめていた。
「カオル、何があった!」
 腕の中でカオルが泣いている。
「父が亡くなって、私、もう後ろ盾がないから、黄金騎士のお嫁さんにはふさわしくないって……」
「だから何だ。俺の妻はカオルだけだ」
 生涯の伴侶は彼女だけだと決めていた。他の女では意味がない。
「カオルはこの身ひとつで俺のところに来ればいい。あとは俺が全力で守る」
 すると腕の中のカオルが少しだけ笑った。
「本当に何も持たずに押し掛けるよ」
「それでいい」
「迷惑をかけるかもしれないよ」
「迷惑は俺にだけかけろ。他の奴を頼るな」
「それじゃ私、ガロ……の中で待っているね」
 このとき鋼牙は牙狼かと考えたが、すぐに画廊のことかと思い出す。
「すぐに迎えにいく……」
 他の男たちがカオルを見初める前に。
 カオルの全てに関わっていいのは、自分だけだとまで彼は思った。
「鋼牙……?」
 手放すのが惜しくて、腕に力が入る。


「鋼牙、苦しいよ」
 気がつくと、腕の中にいたのは今のカオル。
 彼は腕の力を緩める。
「カオル……?」
「まったく、背骨が折れるかと思ったじゃない」
「……」
「ところで鋼牙、今度のお家も素敵だね」
 カオルは楽しそうに笑う。
「中を歩いてみたけど、何だか妖精に出会えそう」
 このとき鋼牙は何となくイヤな予感がしてカオルに尋ねる。
「カオル。今、何処にいる」
 すると彼女は楽しそうに言った。
「新しい冴島邸だよ。荷物の入っていない屋敷が見れるのは今だけでしょ」
 この瞬間、鋼牙は飛び起きたのだった。