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君の隣にいるために その10

「銀牙騎士か」
 この日、真っ昼間の公園のど真ん中で俺は声をかけられた。今、目の前にいるのは女子高生。
 しかし声は男だ。
『絶狼、変よ。ホラーじゃないわ』
「ということは、あの子の肩に付いている紙っきれが問題のモノらしいな」
 遠隔操作系の改良版かよ! 面倒な敵だな。
「そうだといったらどうする」
 俺の返事に女子高生はニヤリと笑った。
 その後、彼女の肩から紙が剥がれる。
「えっ、あ?」
 女子高生はきょとんとした顔で俺を見ていた。
「な、何ですか?」
「あっ、ごめん。人違いだった」
 俺の誤魔化しに、彼女は首を傾げながら駆け足で立ち去る。問題の界符を拾ってみると、いきなり黒い炎をあげて燃えた。
「危ねー」
 黒い炎での火傷させるつもりか! 明らかに呪詛が混じっているだろ、この界符は!
『絶狼、何をやったの?』
 シルヴァは何故か俺を疑っている。濡れ衣だ。あんな声の奴、知らん。
「そいつにとっては俺がターゲットなんだろ」
『熱烈ね』
「モテる男はつらいよ」
 シルヴァの返事はなかった。何でだよ、寂しいじゃないか。 


 この一件から数日後、レオが俺のところにやってきた。何だかえらく疲れた顔をしている。大丈夫か? 働きすぎか?
 俺はというと、店のオープンテラスでお楽しみのスイーツタイムを堪能していた。ここの店はフルーツたっぷりのクレープが絶品なんだよな。美味い。
「その後、何か進展はあったか?」
 するとレオの魔導輪エルバが楽しそうに笑った。
「エ、エルバ!」
 レオが焦っている。何だ、何だ?
『レオは今、強制見合い期間なのさ』
 その言葉に俺を目を丸くする。
「何で?」
「邪美さんが……、僕と男の魔戒法師だけを組ませると、相手を置いてきぼりにして暴走するかもしれないからって……」
 なるほど、それで女性も投入か。
「たしかに女の魔戒法師を、危険地帯に置いてきぼりには出来ないよなぁ」
 フェミニズム云々の話ではなく、レオは大事な女性を失っている。同じことは繰り返したくはないよな。
 そこで危険な調査に協力してくれる女性陣の名を聞いたのだが……。

『布道家の未来がかかっているからね。厳選させてもらったよ』

 選んだのはエルバかよ! さすがは仕切ババァ……いやいや。
 レオは赤くなりながら「邪美さんが面白がって……」と、黒幕の名を暴露した。
 何と言っていいのやら……。すまない、俺にはお前を助ける力はない。


 このとき近くの席から若い男たちの会話が聞こえてきた。どうも片方が興奮状態らしく声が大きい。さっきからうるさい。
「だから選んでいいのはこの6人の女の子だよ。ロリ系が一人、気の強い美少女が一人、あとは主人公と同じくらいの年齢が三人、そして平伏したくなるようなお姉さまが一人だ」
 なんだなんだ??
「危険なミッションで謎を解きつつ、吊り橋効果を狙って仲良くなるとハッピーエンドを迎えられる。でも、二股三股をかけたり謎解きに夢中になるとバッドエンドだからな! あと、このお姉さまには意中の男がいるから難易度はスペシャル級に高い。実はそいつはロリ系の兄貴らしくって、ロリ系もハッピーエンドを迎えるにはその兄貴と対決しなきゃならない。気の強い美少女も主人公の友人が片思い中だ」
 このとき話を聞いていたもう一人が口を開いた。
「面倒そうだな。でも、面白そうだ」
 ……確かに他人事なら。
 だが君たち、今、俺の目の前にそれを実際に体験している男がいる。しかもこっちにも火の粉が降りかかりそうな場合は、全然面白くない。
 レオはというと頭を抱えて唸っていた。
 翼の妹まで後方支援として少し関わらせるなんて、邪美姐さんも無茶をする。今度会ったとき、あいつの目はきっと吊り上がっているだろうな。

──レオ、早くエルバに勝てるようになれ。そのときお前は自由になれる。

 思わず心の中でレオを励ました。
 そしてこの日の夜、俺は再びあの声を聞く。
 なにか事態が急速に動いているらしい。 


 夜中に倒したホラーは、いつもと違っていた。受けた傷の修復が早いのだ。
 しかし、それも太股にあった小さな紙切れを切ると、あっという間に倒れる。このとき灰色の煙が人の形を作った。

──銀牙騎士……。

 あの声だ!
「ここで決着をつけようか」

──我はこの世界にはいない。口惜しい……。貴様があの娘を盗まなければ……。

「何の話だ!」
 俺は灰色の煙に切りかかる。
 すると煙は霧散して、もう男の声は聞こえなかった。

『絶狼……、あなたって人は……』
 おい、何か誤解しているぞ。俺は女の子を盗むようなことはしな……あれっ?
 このとき、俺の脳裏に過去の行いが蘇る。
 でも、カオルちゃんにヒドいことをしたけど、最後の一線は越えてないぞ!
 それに彼女がその娘だったら恨まれるのは鋼牙であって、俺じゃない。しかも執着全開を本当にやらかしたバラゴとは決着が付いている。
 そして静香の場合は婚約者だったんだからな! 合意の上だ。盗んだと詰られる覚えはない!
『そうなると何か誤解があるのかしら?』
 このとき俺はイヤなことを想像してしまった。あいつは静香の素性か何かを知っているのか?


 今となっては義父さんの交友関係も、静香についても調べようがない。
 でも、あいつは銀牙騎士が娘を盗んだという。
 ホラーを倒した後に男の声が聞こえたという現象は他の魔戒騎士の前でも発生した。そっちは単に‘自分はこの次元に在る者にあらず’という高笑いだけだが。
 しかし、これらのおかげであいつは他のホラーに力を貸す代わりに、そいつ等を使役していたことがわかった。カオルちゃんの周辺に奇妙な界符をバラ撒いたのも、男を虜にするタイプのホラーがエサである男たちを使ってやったことだった。そのあとで男たちは食べられていたから、カオルちゃんの周辺に怪しい奴が見つからないはずだよ。
 回復させてくれるから言うことを聞いていたとは……。
 ホラーの人を食いたいという強烈な本能。それを抑える術をあいつは持っていたのか?
 かなりの術者だな。
 ホラー同士が連携を取るなんて、洒落にならない展開だ。